働き方。
「家族を養うために働いている、やらなきゃいけないから働くんだ。」
と思っているであろう父親がいた。
日曜日の昼間、家で幼い姉弟が遊んでいる時に、つい大きな声ではしゃいでしまった。父親の部屋から巨大な壁ドンがお見舞いされる。
「こっちはお前達のせいでクタクタなんだ、俺にストレスを与えるな」という無言のメッセージだった。怒鳴る事もあった。
その家庭は、経済的な不自由は無かったけれど幸せではなかった。
その父親にとって仕事は義務で、やりたい事のタメでは無かったのだと思う。
父を責めるつもりは無い。
ただ「愛する家族と幸せに過ごしたいから」という気持ちで働ければ、苦しまずに済んだと思う。子供の自分にはどうする事も出来なかった。
父親に、趣味でも何でもいいからやりたい事があれば幸せだったと思う。
”仕事=やりたくない事をやってお金をもらう事”という人が多いと思う。
ただし、やりたくない事は”やりたい事とセット”でなければいけない。
やりたい事は人それぞれだ。
世界を良くしたい、地域を盛り上げたい、困っている人を助けたい、役に立ちたい、知りたい、感動させたい、尊敬されたい、モテたい、ラクしたい、大金を稼ぎたい、派手に暮らしたい、静かに生きたい・・・それぞれのやりたい事がある。
「借金してでも趣味を全力で楽しんで、借金を返すために働くんだ!」
と言える人は幸せ者だ。
全ての人がやりたい事をやれる世界なら幸せだと思う。
世界規模で考えればたいていの人は幸せなのかもしれない。
明日も生きていたい、を叶えられない人がいるのだから。
そういう事から目を逸らして、利己的に、まずは自分を1番幸せにする事を考える。そして周囲の幸せを考える。
冨田には付き合って12年目の彼女がいる。
「結婚しないの?」「子供は?」とよく聞かれる。
まだ準備が出来ていないから準備を整えたい、が正直な答えだ。
「甘っちょろい事を言うな!」
「若い内に子供を作って、どんな仕事も我慢して、歯を食いしばって生きていくんだ!」
みたいな事を言われる。
至極当然な意見で返す言葉もないけれど、歯を食いしばりきれる人なんているのだろうか。家庭でも職場でもニコニコしていられるのだろうか。
楽しく生きられるのだろうか。
定年退職の日に「これからは自分の人生を取り戻す」なんてスピーチをしなくて済むのか。熟年離婚をせずに済むのか。
このまま結婚して子供が出来たら、父親の二の舞だ。
やりたい事を仕事にして、公私ともに楽しく、幸せに生きたい。
そのタメの仕組み作りが少しずつ動き出した。
小さいけれど、大事な大事な一歩だ。
楽しい所だけ独り占めするのも駄目だ。
自分のやりたい事のために、犠牲者を出してはいけない。
魚を捌くなら、鱗の飛び散った台所を奥さんに掃除させてはいけないという事だ。やりたい事の中には、やりたくない事も含まれている。
やりたい気持ちが強ければ、やりたくない事は”苦”でないはず。
やりたくない事を不機嫌にやらずに済む。
苦しくならないために十人十色の工夫がある。
やりたくない部分を弱い立場の人に押し付けるなんて人もいる。
やりたい事をやるために犠牲者を出してはいけない。
苦楽を共にすれば犠牲者は出ない。
やりたい事をみんなでやって、楽しく生きたい。
やりたい事を皆で楽しくやる。
そういう生き方が出来ないかと思う。
物質的な豊かさだけでなく、心の豊かさも重視したい。
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