見出し画像

一寸の虫にも五分の魂の回

「クワガタが生息する木は次のうちどれでしょう!」

隣の席から突然発せられたその言葉に、私は呆気に取られた。

そう、それは私が小学4年生の夏、10歳の頃である。


私は平成生まれだが、昭和でも令和でも、きっと男子が一度は通る道、「虫取り」。


かくいう私も例に漏れず、虫取りが好きだった。


近所の空き地に行ってはバッタを捕まえて
ダンゴムシを拾っては転がして
カラスアゲハを見つけては追いかけ回した。

誕生日にオオクワガタの幼虫を買ってもらって育てたこともあった。


当時の小学生男子の遊びといえば

・スポーツ
・ゲーム
・虫取り

これは平成男子小学生3大遊びと言っても過言ではないだろう。


私は大の運動音痴である。
友達に野球を誘われても「球が小さくて危ない」という理由で断ったり、

かと言ってゲームも「リセットボタン押したときの現実に戻るあの瞬間が怖い」という理由であまりハマれなかった。


でも、「虫取り」は違った。 

ただ探して捕まえるだけでいい。
運動音痴でも楽しめる。
図鑑や標本を見て知識を蓄えることが出来る。
ゲームと違って仮想空間から現実世界に戻ったときのあの独特の恐怖に苛まれることもない。


虫取りというシンプルな遊びは、
小学4年生の私を没頭させた。


そんな夏のある日のことだった。
私は、何気なく地元の広報誌を流し読みしていた。
その広報誌には、地元で行われる子ども向けの様々なイベント情報が載っていた。

「虫取り名人よ集まれ!」

そのイベントの見出しを私は見逃さなかった。
内容を要約すると、

・対象年齢小学生
・募集人数30名くらい
・山登りしながら虫取りしましょ

みたいな感じだった。


…これだ。

10歳の私の闘志に火がついた。

サッカーで空振りして転んで笑われたり、友達とのテレビゲームで私が弱すぎて気を遣われたりした、所謂「男子の象徴」では肩身の狭い思いをしてきた私も、これで一発逆転。虫取り名人の称号を掴み取り、学校でマウントを取ってやる。クラスの人気者。女子にモテモテ。
自分の虫取り名人像を思い描くとニヤニヤが止まらない。
私はすぐさま親にお願いして、そのイベントに申し込んでもらった。






そして迎えた虫取りイベント当日。 


その日はすごくよく晴れた暑い日だった。

私は普段使い慣らした自慢の虫取り網と虫かごを装備して戦地に赴いた。
余談だが私の虫取り網は、網の部分が青く、網目が粗く作られた、「上級者向け」の網だった。


集合場所はどこかの会議室みたいな所だった。

その部屋に入ると、

「俺様と昆虫相撲で勝負しな!俺様が勝ったらオメェの虫はいただくぜ」
とでも言いそうな顔をした昆虫ガキ大将タイプや

「知っていますか?コオロギの耳は脚に付いているんですよ。あとセミのオシッコはほぼ水です」
とでも言いそうな顔をした昆虫博士タイプ

「ハリガネムシはカマキリの体内に寄生してカマキリを水の中に飛び込ませるんだ…マインドコントロールされているんだよ…今日、ここに来たキミもね…」
とでも言いそうな顔をした昆虫サイコキラータイプ


…おそらく数多の虫取りの死闘を掻い潜って来た者たちだ、面構えが違う。


みんな、とでも言いそうなだけで、実際にそんなことは言っていなかった。いや、正直そんなとこまで覚えてない。覚えてはいないが、小学生の自分にとって自ら知らない場所に単独で乗り込むというイベント性は、そう思わせるような高揚感があった。まるで自分が虫取りバトル漫画の主人公の気分でいた。思えば昔はいつも自分が何かの主人公だと思い込んで生きていた気がする。

とにかく、様々なタイプの虫取り名人が集合場所に集っていた。

これが…今日戦う猛者どもか…

私が心臓を捧げんばかりに闘志をメラメラ燃やしていると係の人が来て「自分の名前が書かれたバッジを持っていってください」と集まった小学生たちに説明した。

机の上にバッジ(名札)が並べられており、そのバッジには在籍小学校名と氏名が記入されていて、ついでに、小学生ごとに色分けされていた。このイベントには市内の色々なところから小学生が集まっているので、安全に引率するための工夫だろうか。



そのバッジを見て気が付いた


私と同じ色のバッジが私以外に無い。
つまり私の通っていた小学生からは私だけの参加ということだ。

あれ、よく見たらけっこうみんな友達グループで参加してるっぽい。そういやなんかみんな楽しげに会話してると思ったわ。あ〜そういう感じ?
ガキ大将も博士もサイコキラーも仲間だったんか?
俺も仲間に入れてくれよ。そのパーティーなんか足りなくない?主人公足りなくない?俺、見てよ。主人公よ。網目粗いんだぜ????


ひとりぼっちということに、急に恐怖を覚えた。


小さな虫取り名人御一行を乗せて、バスは虫取りバトルのフィールドである白旗山(※)に向かった。

(※)白旗山(しらはたやま)とは札幌市内にある標高321.5mの低山である。


バスの車内は賑やかだ。そりゃそうだみんな友達なんだもん。今に見てろ。余裕ぶっこいてるとヤラれるぞ?昨日の友は今日の敵じゃぞ?????

…ハァ。

なんだかだんだん「虫取り名人集まれ!」というイベントタイトルにも正直、後ろめたさを感じてきた。
だって、私は名人なんて大それた物ではなかった。
すごい希少な虫の標本を持ってるわけでもないし。
めちゃくちゃ難しい虫の知識を博してるわけでもない。ごく一般的な男子だ。運動が出来ないから、ゲームが得意じゃないから虫取りに逃げただけの弱虫だ。虫だけに。ハァ。とでも言いそうな顔をしていたそのときだった。






「クワガタが生息する木は次のうちどれでしょう!」





…え?

びっくりした。

隣の席の人だった。
急に話しかけてきた。じゃなくて、急にクイズを出してきた。いや、どんな第一声?寝耳に水、藪から棒、青天の霹靂、曇天の蜂蜜、いやそんなことわざはない。


「A:シラカバ B:クワ C:クヌギ」


呆気に取られる私をよそに、隣の席の少年は出題する口を止めない。

私は咄嗟に答えた。


「…Cのクヌギ」







……





…………






「…せいかい!」


良かったぁ〜!!!!!!!
私にもそれくらいはわかった。

とにかく私は隣の席の少年の出すクイズに正解することができた。何故かいきなりクワガタクイズを出題してきたので、私はこの少年を【クワガタ名人】と呼称することにした。

ク「もしくはコナラの木かね」
私「そうだね」

その少年は私と同い年くらい(歳下だったかも?)で、髪はサラサラのおかっぱヘアー。肌はかなり色白で、なんというか、虚弱な雰囲気があった。
少し叩くと壊れてしまいそうな、繊細な空気を彼は纏っていた。

クワガタ名人の名前は覚えていない。ただ、クワガタ名人のバッジの色も他には無い色をしていて、どうやらこの団体の中に友達はいない様子だった。私はひとりぼっちなのは自分だけじゃなかったということに少しホッとして、白旗山に着くまでクワガタ名人と虫談義で盛り上がった。

「その網さぁ」

クワガタ名人が私の上級者用の虫取り網を注意深く観察した。
さすがはクワガタ名人。目の付け所が違う。

「その網、タモじゃない?」


??????

私「たも?」
ク「タモ」
私「たもって何?」
ク「魚釣りのときに使うやつ」

なるほど。どうりで網目が粗いわけだ。
トンボを捕まえたときに毎回トンボの頭が網目に絡まって大惨事になりかけるのも合点がいく。
虫取り網じゃないんかい、これ。恥ずかし!


クワガタ名人はやはりクワガタが好きらしく今回もクワガタがお目当てらしい。
私もクワガタのロマンはわかっていたつもりなので、激しく共感した。

私「いるかなあ、クワガタ」
ク「いるよ。クヌギかコナラに」

それから私とクワガタ名人はすっかり仲良くなった。いや、クワガタ名人はどう思ってるかわからないけど。私にはそんな気がした。私は知らない場所で、知らない人と友達になることの感動を覚えた。


しばらくしてバスは白旗山の麓に到着。


ここでもう一つ、こどもにとってBIGなイベントが発生した。

麓でテレビクルーが私たちを待ち構えていたのだ。

生で見るテレビカメラに虫取り名人達は大興奮。
我先にとバスを降りてカメラの元に駆け寄る。

ク「ねえ、あれテレビじゃない?」
私「え!俺たちも映りに行こ!」


ミーハー野次馬根性を剥き出しにした私とクワガタ名人は急いでバスを降り、テレビクルーの元へ走った。

綺麗なリポーターのお姉さんが眩しい笑顔で名人達にたずねる。

「みんな、何取りに来たのかな〜?」

小さな群衆は口々に「カブトムシー!」と答えている。微笑ましく可愛い光景である。しかし、その群衆をかきわけながら、私とクワガタ名人が背後から叫んだ。

「クワガター!」
「北海道にカブトムシは生息しないから!」

可愛くなさすぎるだろ。

夕方のニュースの枠で流れるかもとのことだが、
可愛げのない我々の発言はカットされるだろう。
こどもとは純粋で正直で残酷なことを恥ずかしげも無く言う。

初めて見るテレビカメラに些か取り乱しはしたが、気を取り直していよいよイベントスタートとなった。

と言っても白旗山を山頂まで登って、山頂でお弁当を食べて、降りるだけ。

その間に虫を見つけて捕まえたりする、なんとも平和なイベントである。

私「あ、セミだ!」
ク「抜け殻じゃん」

私はわくわくした。
山登りをしながら虫取りをしていると、自然と他の知らない人たちとも話すことか出来て、なんやかんやで他の参加者とも仲良くなった。それが楽しかった。
途中スズメバチが飛んでるのに怯えたり、見たことない蝶に興奮したり、みんなで一喜一憂した。
しかし、クワガタ名人は違った。

クワガタ名人は常に団体の最後尾にいて、
私以外の参加者とは会話をしていない様子だった。

私はそれが少し気がかりになりながら、クワガタ名人が歩く最後尾と、先頭を歩くグループの間を行ったり来たりした。

私が今楽しめているのはクワガタ名人のおかげだ。
あの時、クワガタクイズを出してもらえてなかったら、私はずっとひとりで塞ぎ込んでいたかもしれない。
それに今思うと、あの時私に話しかけたのは、クワガタ名人なりに、かなり頑張ったんだろうなと思う。クワガタ名人なりに勇気を振り絞って声をかけた結果があのクワガタクイズだったんだろうということが、山を登る人見知りなクワガタ名人のその様子から、想像に難くなかった。

途中、クワガタ名人の足取りが一気に重くなって、
団体からかなり遅れをとるようになった。

ク「先行っていいよ」
私「頂上ついたら一緒にお弁当食べない?」
ク「うん」
私「先行くね」

そのときの私は完全にテンションが上がっていて、歩くのが遅いクワガタ名人に少しヤキモキしていた。もっと色んな人と話したいし、調子に乗っていい顔したい。一番後ろじゃなくて、一番前を歩きたい。

もちろん、我々小学生の先頭・中間・最後尾に引率のスタッフさんが居たので、迷子になる等の心配はなかった。

クワガタ名人と頂上でお弁当を一緒に食べる約束をして、私は意気揚々と団体の先頭を切った。

それから30分くらいはかかっただろうか。
やっと山頂についた。



低山と言えど登頂まで小学生の足で1時間以上はかかった気がする。
腹の虫が鳴いている。虫だけに。


私はドサっと地べたに座り、水筒の麦茶を飲みながらクワガタ名人を待った。









しかし、クワガタ名人が現れることはなかった。






引率のスタッフに聞いたところ、クワガタ名人はあの後、具合が悪くなってしまって下山したらしい。
親が車で迎えに来るとのこと。


呆気なさすぎる別れだった。


あの時、クワガタ名人を置いていってしまったことが悔やまれる。

私は山頂で一人でお弁当を食べた。

やっぱり、そんなに体が強い方ではなかったんだなぁ。と思うことしかできなかった。

午後、虫取り名人御一行は白旗山を降りながら虫取りの続きをし、麓に着いて、バスに乗った。
行きの時とは違い空席になった隣の席がちょっと寂しかった。
私の虫かごには蝉の抜け殻が一個だけ入っていた。

クワガタ名人とはもう会うことはできない。
あれから20年以上経つが、たまにあのクワガタクイズをふいに思い出す。
私にとってクワガタ名人はその日、その時、数時間だけの友達となった。



なんだか、楽しかったけど、刹那的な体験をした。


私は子ども心ながらに複雑な心境で帰路に就くのであった。







その日、家に帰宅したのは夕方頃だった。

もうへとへとである。

家につくとテレビからニュースが流れていた。




「…虫取り名人達が、夏の暑さにも負けず大奮闘」


と聞こえてきて、はっとした。


今朝のやつだ。


勢いよくテレビに目をやるとさっきまで居た白旗山の映像が。


すごい。本物だったんだ。













「みんな、何取りに来たのかな〜?」










「クワガター!」







そこには笑顔で答える私とクワガタ名人の姿があった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?