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【朗読台本】存在しない日記③

note内で公開しているラジオ「このラジオはフィクションです」にてセルフ朗読しているオリジナル台本「存在しない日記③」を公開いたします。

さっと話だけ読みたい方、フリーの朗読台本として使用したい方はご活用ください。
ご使用の際は当ページのURLをご紹介いただきますようお願いいたします。また、可能であれば読まれた音源をお聞かせくださいませ。(これは単に私が聴きたいだけです)


以下、台本。


📢「このラジオはフィクションです。実在の人物、団体とは関係ありません」


2021/01/12 PM5:40

学校帰り、一匹の犬がいた。

近所の犬じゃないと思う。僕は毎日コロとさんぽをしているから、このへんに住んでいる犬には結構詳しい。でも、その犬とはこれまで一回も出会ったことがなかった。

不思議に思ったから、僕はその犬を調査することにした。

校門を出て少し歩いた先、駄菓子屋の看板がついた電信柱のすぐ横に、僕に背中を向けて犬は座っていた。茶色と黒が混ざった毛の色は、向かいの家の雑種犬、ハチとよく似ていた。けれど、ハチより少し背が高くて、少し痩せている。首輪はしていなかった。
「のら犬」だ。と思った。

犬は僕が自分を見ていることに気がつくと、まるで僕のことなんか気にもとめていないみたいな顔をして、学校と反対の道を歩き始めた。
僕の家も学校も、同じ「だんち」のなかにあって、だんちにはほとんど同じ形をした家がたくさん並んでいるから、そっくりな道がそこかしこにある。
登下校やさんぽの時に通らない道はまるで迷路みたいに複雑で、急に知らない世界に迷い込んでしまったみたいになる。コロとさんぽをしていて知らない場所に来てしまって、ひどい目にあったことがあった。あの時は、すこしだけ、怖いなあと思った。

犬が通っていくのは、僕の知らない道ばかりだった。
僕はやっぱりだんだん怖くなって、道を引きかえそうとして後ろを向いた。学校に帰ろうと思ったんだ。
けれど、知らない道は振り返ってもやっぱり知らない道で、一度通って来た道のはずなんだけれど、僕はその時にはもうすっかり帰り道がわからなくなってしまっていた。

やっぱり、あの犬に着いて行こうと思った。
僕は犬を調査することに決めたのだから、途中で辞めてしまうのはきっとよくない。あの犬の正体を突き止めるのが今日僕に与えられた任務だったのだ。

それに、なぜだか良くわからないけれど、その頃には僕は、「この犬は僕をどこかへ案内してくれているんだ」って気がしていたから。だから、だんだん怖い気持ちも平気になっていった。

知ってる町の知らない道を、僕と犬は縦に並んでしばらく歩いた。
歩いている間、犬は一度も僕を振り返らなかったけれど、僕が一度、草につまずいて転びかけた時、僕が「うわっ!」と大きな声を出したのに合わせて犬はピタッと立ち止まった。僕が歩き出すのに合わせるみたいに、犬はふりかえることなくまた歩いて行く。

チャッ、チャッ、チャッ……とアスファルトをつめでひっかきながら歩く犬の足音が音楽みたいに聞こえた。けんばんハーモニカでこの音を出したかったら、どの音を押せばいいんだろうなんて思いながら、僕はだまって犬の後を追いかけた。
急に、犬が「ワンッ」と鳴いて立ち止まった。

そこには、一本の大きなクヌギの木があった。
去年の自由研究で、この町にあるどんぐりの種類を調べたから、僕はその木を見てすぐにクヌギだと分かった。けれど、自由研究で町探検をした時に、こんなに大きなクヌギの木は見つからなかった。どうして見落としたんだろう。

「ほら。クヌギだ」

虫食いのどんぐりを拾って僕が言うと、犬は初めて僕の方を見た。

「クヌギだよ」

もう一度、今度は犬に話しかけるように声に出すと、犬は僕のほうを向いて「おすわり」をして、「ワンッ」と鳴いた。

もしかして、と思って、僕はもう一度「クヌギ」と言ってみる。すると、やっぱり「ワンッ」と返事が返ってくる。

「きみの名前は、クヌギって言うんだ」

返事はなかったけど、僕にはクヌギがうなずいたように見えた。
クヌギはもう一度「ワンッ」と鳴いて、今度は僕の隣にやって来る。僕が歩くと、クヌギも歩き出す。クヌギは僕の歩幅に合わせて、僕の隣で「チャッ、チャッ、チャッ」と歩く。

気がつくと、学校の近くまで戻って来ていた。
いつの間にかクヌギのすがたはどこにも見えなくなっていて、校舎のてっぺんについている大時計を見たら、五時をとっくに過ぎていた。
僕の町では五時になると「ゆうやけこやけ」が流れるはずなのに、今日はなぜだか聴こえなかった。しやくしょの人が流すのを忘れてしまったのだろうか。

町の放送は、「しやくしょ」の人が流していると、この間けんちゃんが言っていた。

夜ご飯のとき、おかあさんにクヌギの話をした。
そうしたら、「おかあさんが昔仲良しだったワンちゃんも同じ名前だったんだ」と、クヌギの話を聞かせてくれた。

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