【朗読台本】存在しない日記①
note内で公開しているラジオ「このラジオはフィクションです」にてセルフ朗読しているオリジナル台本「存在しない日記」を公開いたします。
さっと話だけ読みたい方、フリーの朗読台本として使用したい方はご活用ください。
ご使用の際は当ページのURLをご紹介いただきますようお願いいたします。また、可能であれば読まれた音源をお聞かせくださいませ。(これは単に私が聴きたいだけです)
以下、台本。
📢「このラジオはフィクションです。実在の人物、団体とは関係ありません。」
2021/01/04 21:00 雨
郵便受けに、一冊の本が入っていた。
仕事から帰ったらまず郵便受けを見る。これはもう習慣になっている。
ずいぶん前に郵便を溜めてしまって水道代を払いそびれたことがあるから、あれから癖づけるようにした。
水道代を滞納すると、どこにあるのだかよくわからない水道局まで車で行って現金で支払わなければならない。あれは億劫だった。
だから今日もいつもの通り、誰もいない玄関口に「ただいま」と声をかけて、郵便受けを確認した。
そこに注文した覚えのない、包装もされていない、良くわからない猫のような生き物が描かれた古ぼけた本が入っていた…というわけだ。
何かの間違いかもしれない、誰かが自宅と間違えて突っ込んでしまったのかもしれない。
そうは思ったけれど、その本の表紙に何故だか見覚えがある気がして、僕は玄関口に立ったまま、つい本を開いた。
ページをめくると、辺りに草木の匂いが広がった。はじめはその本の紙の香りなのだと思った。しかし、ふと目を挙げると、僕は薄明るい森の中に立っていた。
同時に、いつもより視点が低くなっていること、
会社帰りのくたびれたスーツを着ていたはずが、いつの間にかTシャツにハーフパンツというラフな格好になっていることに気が付く。
「ああ、そうだ」
思い出して、そう声に出したと思う。
昨日、友達とこの森で遊んだんだ。その時僕は忘れ物をしてしまって、それで学校帰りに森へ寄り道をしたのだ。
思い出した途端、ひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。
木々の隙間からふく風は、もうひんやりと、夜の空気を纏っている。
「まずいなあ、もう日が暮れる」
早く探しに行かなくてはと、森の中に作った僕たちの秘密基地へと急ぐ。
秘密基地は、僕たちのとっておきの場所だった。
森の神社の少し手前。大きな木の根本。崖を少しくだったところに太い根っこがあって、その根と根の間に、小学生なら4人は入れるくらいの大きな穴が空いている。
僕たちは根っこにいくつか釘を打ちこんで、大きな緑の布を張って、テントのような入り口を作った。
商店街からビールびんの入っていたプラスチックのかごをいくつか拝借して、それを椅子や机、ときにはロボットの操縦席なんかに見立てたりして。基地の中で、たくさんの作戦を立てて遊んだ。
本好きのAくんが、敵やロボットを想像すると、足の速いKくんがすぐにその撃退法を考え始める。
僕は二人の話を聞いて、地図や絵を書いた。
昨日はどんな作戦を立てたのだったか。
空はもう真っ赤に染まっている。
ひぐらしの鳴き声がいつの間にか遠くなって、今度はカラスたちの鳴き声がいやに耳に響く。
早く忘れ物をとって家へ帰らなくてはと、僕は足を早める。
しばらく歩くと木でできた苔むした鳥居が見えて、獣道の分かれ目を右へ進むと、やっと秘密基地の木に辿り着いた。
テントの中を覗き込むと、そこだけもう夜が来たみたいに真っ暗で、僕はつい首を引っ込める。
いつの間にか真上に来ていたカラスの「ぎゃあ」と鳴く声に背中をおされて、慌てて基地の中へ入る。
探すのを諦めかけながら、僕は手探りで進む。
「ここに…置いたと、思うんだけど……」
誰にいうでもなく口に出しながら、手を伸ばす。
掴んだのは、一冊の本だ。
途端、僕の視界は蛍光灯のあかりに照らされる。
見覚えのある、いや、すっかり見慣れた僕の部屋だ。
足元には脱いだばかりの革靴があって、僕が来ているのはくたびれたスーツ。そして手元には……
「そうか。これは、Aくんに借りてた……」
なくしてしまったと思って返せなくって、そのまま言い出せずに記憶の底に仕舞い込んでいた一冊の本。
どうして今この本が、ここにあるのだろう。
本の表紙には、子供の頃、ロボットに乗って退治したはずの猫の怪物が描かれている。Aくんの考えた敵の姿には、どうやらモデルがあったらしい。
色々な疑問を引っ込めて、僕はいまこの日記を書いている。
今夜は本を読みながら、少し昔を思い出してみることにしようか。
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