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「刑務所の中」(花輪和一)

 拳銃の不法所持で懲役3年の刑に服した、漫画家・花輪和一の獄中記。

 花輪和一は「ガロ」でデビューしたいわゆる「ガロ系」(こういう十把一絡げの言い方はあまり好きではないのだが、こう書くと分かりやすいので止む無くこの言葉を使う)漫画家だが、普段の作風が猟奇的もしくは幻想的なものに対し、本作は刑務所の日常が淡々と続く、日常系(?)漫画である。 蛇足だが、「ちびまる子ちゃん」の「花輪くん」は、花輪和一の名字から取られている(「丸尾くん」は、同じくガロで描いていた漫画家の丸尾末広からである)。

 不思議なのが、獄中記なのにも関わらず、悲壮感があまり漂わないこと。食事は三食出るし、適度な運動あり、労働あり、本も借りることができるし、テレビだって見ることも、同じ囚人と話すことだってできる。独房、懲罰房、雑居房の間取り、食事のメニューと作法、トイレの使い方、風呂(2日に一回、15分間)の入り方、布団や衣類のたたみ方など、著者は執拗なまでに刑務所の様子を記録する。後半、著者は些細な違反をして「懲罰房」に入れられても、これが「苦痛」である、という描写はあまりない。

 それよりもきついこととして描かれるのが、タバコが吸えないことだ。著者は、刑務所に入る前一日で40本は吸っていたというヘビースモーカー。それが吸えないとなると、「ニコチンタール箱がねえよ~!」と、頭を抱えてしまうほどの苦痛が描かれる。業を煮やし、新聞紙を丸めて消しゴムをライター代わりにし、火をつけてタバコを吸ったつもりになって満足してしまうのだった。酒が飲めず苦しいという描写はない(下戸なんだろうか)。

 酒が飲めない、タバコが吸えないとなると人間はどうなるか。甘いものへの欲求が強くなるという。作中で小倉小豆とマーガリン、そしてコッペパンを食べる描写があるのだが、この描写がすごい。まずモノが出てきたときに妖精のような怪しげなモノが空を飛ぶ。そして、

あまりにもうまいものを食うと脳が…
こんなうまいものを食ったのは生まれて初めてだ

 そして脳が「ドジョー」(効果音)と溶けた描写が描かれるのだ。


 以前、ISの幹部がイラクで拘束されたが、体重が250キロを超えていたために移送車に収容できず、トラックの荷台に載せたという。イスラム教では飲酒が禁じられており、その効果だろうかアラブ人は甘いものが大好きなのだそうで、さもありなんという感じである。人間は「健康的な生活」とうたいながら、何かに依存している生き物なのかもしれない。

 他にも食事に関する描写は多い。毎日の食事の細かいスケッチ、春雨スープの量が多かったとか(「ビューだよ、ビュー」というセリフはなんだろうと思っていたが、方言なんだそうです)、麦ご飯に醤油をかけて「う、うまい!」と叫んだりとか、なんとも素朴というか、我々はなんて贅沢な生活をしていたんだろう、と不思議な気持ちになってしまう。

 「面白い」とか、「つまらない」とかじゃなく、「不思議な気持ちになる漫画」です。

2023年の追記


2023年の4月、映画「刑務所の中」(崔洋一監督、2002年)を見た。原作の忠実な映画化で、原作と同じく、刑務所の中の話なのになんだか和んでしまう。好きなのは、人を射殺してるのに異様に朗らかな、木下ほうか演じる大内さん。


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