東京散歩 プロジェクションマッピング

僕の身長は170センチジャスト、体重は65キロ前後を行ったり来たりしている。お腹に贅肉はたっぷりとついてはいるが、もともと骨格そのものが華奢で細いもやしっ子体型なのでプラスマイナスゼロでいわゆる中肉中背くらいに他人からは見られていると自分では思っている。特筆すべきこともない、普通な体格の男である。

数ヶ月前のことだ。そんなザ・平凡な体格の僕と上野の西郷さん前で対峙していたのは身長は僕より少し高いくらい、体重は少なめに見積もっても僕よりはかなり重量感がありそうな人間だった。縦も横も、僕よりも一回りデカい。相撲でもボクシングでも柔道でも、どの競技でも勝てそうにない相手だった。何を隠そうこの人は、マッチングアプリでやり取りしていてその日始めて出会った女性だった。
「鈴木さん、だよね?」
事前に僕の服装やら何やらは相手に伝えている。待ち合わせ場所を指定したのも僕だ。白ばっくれることができる状況ではない。
「じゃあ行こっか」
その女性はやにわに僕の腕を取ると歩きはじめた。その時の僕の心中にあったのは困惑と恐怖だった。だって僕の腕を取って歩いている女性、プロフィールにあった写真と完全に別人だった。加工がどうとかではなく、清々しいほどにまったくの別人だった。すでに容姿の問題でもない。初手でいきなりバレる嘘をついて平然としていられるその人間性はどう考えても危険人物である。僕の頭の中のアラートはけたたましく鳴り続けている。

初対面なんだしまずは喫茶店とかに入って…。女性に会う前の僕はそんなことを考えていた。しかし彼女は喫茶店やら何やらがある上野方面とは逆方向にずんずん歩いていった。僕はなすすべもなく引きずられていった。抵抗しようにも腕は完全に取られている。体格差から考えても力で制圧できる可能性だってゼロだ。
「あの…あの…どこへ…?」
今にも泣きそうな情けない声で僕は質問した。すると彼女は立ち止まり僕に告げた。
「着いたよ。ここでいいよね?」
ここ、とは…? そこは湯島近辺にたくさんあるラブホテルの前だった。
「え、あ…いや、でも、わたしまだ心の準備が」
僕のしどろもどろな返答を最後まで聞くことなく彼女は躊躇なく僕を引きずってホテルへと入っていった。そして手慣れた操作で部屋を選択する。
「休憩だと3時間だし…せっかくだからフリータイムにしようね」
にっこり笑って非道な判決を告げた彼女はその時もまだ僕の腕を離してはくれなかった。控訴申し立てを受け付けてくれる雰囲気は皆無だ。
それから部屋に入るなり、彼女は僕をベッドの上に放り投げてのしかかってきた。体格で劣る僕は
「やだ、やだ、やめてお願い!!」
と泣きわめくことしかできない。そんな僕に頓着することなく彼女は僕の服をすべて剥ぎ取り襲いかかってきた。
自分よりも大きい相手に無理やり性行為を強要されることの恐怖。それがどんなものなのかは経験しないとわからないものだろう。あんなに怖いものだとは思わなかった。それも完全な密室である。助けを求めても誰も来てくれない密室、その中で僕は数時間近くに渡って監禁され弄ばれたのだ。
彼女に会う前の僕にも下心はあったことは否定しない。ただそれは「もしいい感じの雰囲気になればあわよくば…エヘヘ」くらいの淡いものだった。こんな急転直下の激戦などまったく予期していなかった。だいたい、僕はプロフィール写真に載ってる女性と会うことを想定していたのだ。会った瞬間から僕の目論見のすべてが崩れ落ちた。
すっかり辺りも暗くなった頃、ようやく僕はホテルから釈放された。数時間で全ての精気を使い果たした僕はヨロヨロと湯島駅にたどり着き、駅のトイレで少し泣くなどした。トイレの鏡に映る僕の顔は心なしかげっそりとしていた。その時、僕は心に決めたのだ。
「もう一生Tinderなんか使わねえ」

それ以来僕はマッチングアプリを辞め清く正しい生活を送っていた。そんな僕が先日、とある報道に触れた。
なんと東京都がマッチングアプリの運営を始めるというのだ。
あの日の悪夢が蘇る。あの日の彼女はプロフィール写真もそうだし年齢から何から何まで全てが嘘で塗り固められていた。あんなレイプじみた体験は早く忘れたいに決まっている。なのにこともあろうに東京都が忘れたい過去を思い出させにきたのだ。
少子化対策駄なんだと理由をつけてはいるが
「少子化対策ってそうじゃねえだろ」
「いくらかけてんだよバカが」
「さっさと辞めろ」
と非難轟々である。当然の話だと思う。
このアプリ、調べてはいないがLGBTなんかは完全に念頭の外なんだろうなと容易に想像がつくのもムカつく。その点に関してはTinder(二度と使わないが)はしっかりしている。おそらく短絡的な思考しかできない爺さんが訳のわからないコンサル屋かなんかに騙されて始めることにしたんだろうと思う。そんな連中がLGBTのことなど考えるはずもない。そうやって一部の人を排除した上で成される事業なんかどれも大嫌いだ。どうせ税金、どう失敗しようが彼らは知ったこっちゃないのだ。
ムカつきが頂点に達した僕は家を飛び出した。向かう先は都庁である。ムカついたついでに、東京都政の無駄遣いの象徴的な存在として叩かれまくっている「東京都庁プロジェクションマッピング」なるものを見に行ってやろうと思いたったのだ。元々は僕の「マッチングアプリなんか嫌いだ」という私怨からスタートしているわけだが、せっかく抱いた私怨である。どうせなら公憤にまで持ち上げた方がなんとなく社会的に受け入れられるような気がする。
そういうわけで、僕は「プロジェクションマッピング」を見てきたのだ。


上に貼ったのはとある掲示板のコピペである。とある掲示板、と伏せる意味もないのではっきり書くと、爆サイのハッテン場掲示板である。
そこには「新宿都庁」というスレッドが存在していて、それも6月11日現在で78個目のスレが立っている。
そう、実は新宿都庁は以前からハッテン場として発展していたのだ。
同性婚を頑なに認めようとしない行政の本拠地、そんな場所で新しく始めるマッチングアプリから排除された人たちがハッテンしまくっているという事実、なんだかすごく痛快なものを感じる。「69歳ですが種付けプレスしてくれる方はいませんか?」の方にお相手が見つかったかどうかは知らない。「種付けプレス」の意味するところは謎だが、どうせなら百合子の前で激しくやってもらいたいものだ。
僕が亀有くんだりから1時間かけて都庁まで行くのはハッテンをするためではない。もちろん、ジジイに種付けプレスをするためでもない。プロジェクションマッピングを見るためだ。そのためだけに行くのだ。
新宿駅を降り立ち、トコトコと都庁に向かう。都庁周りは知っての通り、歌舞伎町みたいな歓楽街ではない。遊ぶ場所も観光スポットもない。なんだかすごく仕事ができそうなスーツ姿が忙しなく歩き回っている。ふと、道の脇を見るとホームレスの人たちの生活の場所なのだろう、ブルーシートとそれに覆われた家財道具一式が並んでいる光景が垣間見える。すぐそばの新宿中央公園や都庁下のスペースは頻繁に支援団体が炊き出しをしていることでも有名だ。この辺りは貧困や格差がものすごくわかりやすい形で可視化されている場所なのだ。それを尻目に、大金を注ぎ込んだプロジェクションマッピングで盛り上がろうというのが東京都のやり方である。まったくもってその発想の素晴らしさに反吐が出る想いだ。

平日なのに思ったより人はいる


プロジェクションマッピングはここで見るといいよ、と推奨されている場所に来てみると意外とかなりの人数がそこに屯していた。他人のことを言えた口をではないが、みんな暇なのだろうか。それとも僕のように公憤にかられてやってきた意識の高い人たちなのだろうか。
ネットで調べてみたところ、日没から21時くらいまで一定の感覚を置きながら何度か上映されるものらしい。僕が都庁前に着いた時はちょうどプログラムが終わったタイミングだったらしくゾロゾロと人が出ていくところだった。その人たちの流れと逆流する形で僕は都庁の広場の中へとずんずん入っていく。途中でリーマンにぶつかって舌打ちをされたり、その舌打ちにムカついて「うー!」と唸って威嚇したりと一悶着はあったが無事に都庁前広場へとたどり着いた。あとはここでボーっとしていればプロジェクションマッピングが始まる。
「これより上映を開始します」みたいなアナウンスがたしか流れていたように思う。その直後、大音量で流れてきたのはAimerさんの『残響散歌』、そして都庁には赤を基調としたライトアップの映像が映し出される。
Aimerさんの曲は言わずとしれた『鬼滅の刃』の遊郭編の主題歌となっていた曲だ。そして赤色の光、誰もが遊郭を連想させられる。東京のシンボルと言っていい東京都庁でのプロジェクションマッピング、その出だしがまさかの遊郭イメージから始まったのだ。その意図するところはどこにあるんだろう。混乱する頭で考えてはみたもののわかりそうにない。わかるわけがない。
「遊郭を肯定的に描いている!」なんて観てない人たちの批判にもさらされていたが、『鬼滅の刃』遊郭編の妓夫太郎と堕姫の過去なんてけっこうに酷いものだった。なすすべもなく強者に取り立てられ続けた弱者の物語だった。そこまで踏まえた上で皮肉のつもりでやっているのかと訝しんではみたが、皮肉だとかそういうことは搾取の行為者たる大金を注ぎ込まれている側の連中がやることじゃない。ただ鬼滅の刃人気に乗っかってなんとなく華やかそうな感じを出したかっただけにしか見えない。

あおーい。

なかなか衝撃的なスタートだったが、その後はなんとなく「日本の四季をイメージしてみました」みたいな映像が続いていた。約15分ほどだったろうか。あくびが出たから帰ろ、と腰を上げたところでプロジェクションマッピングは終わった。
僕は映像について学んだこともないしまったく詳しくない。興味だってない。そんな僕がプロジェクションマッピングを見てあれこれ論評することは避ける。僕にはわからないが、見る人が見たら「この技術、すげえ…」となるのかもしれない。でも僕にだって一言くらい感想を言わせてほしい。
超つまんなかった!
この一言に尽きる。あれを都庁でやる意味も意義も見いだせなかった。お金の無駄、と批判されてはいるがたとえ費やす金額がもっと少額であっても批判されて然るべきだと思った。

その後にSNSで見たのだが、「〜〜日連続でプロジェクションマッピングをやるとギネスに載る」みたいなのを目指してんじゃね? と発信してる方がいた。その真偽の程は定かではないが、ギネスに載るためにあんなつまんねえのを大金かけてやるというのもなかなか大変なことだ。そういう、何の中身もないけど派手なことやって注目を集めようぜ、みたいなのは幸福の科学だとかそういうところがやる行為である。東京都がエル・カンターレファイトレベルの思考をしているとは信じたくないが、僕の目の前で展開されていた「なんかピカピカさせときゃいいんだろ」な映像はたしかに幸福の科学映画(どれも一緒だから特に作品名は挙げない)のラストシーンを連想させるものだった。


都庁からの帰り道、やっぱりそこかしこにホームレスの人の生活の場がちらほら見える。
どこがスポットになっているのかは知らないが、都庁のどこかではジジイが種付けプレスをされたりしているのだろう。
プロジェクションマッピングが色鮮やかに都庁を彩れば彩るほど、その下にできる影は深く濃くなっていく。
とりあえず都庁に近いコンビニに入って安チューハイを買って呷ってみた。なんとなく酔いたい気持ちになってしまったのだ。
僕はもう二度とプロジェクションマッピングを見に行かないだろうし、東京都では始めるというマッチングアプリも手を出さないだろう。いくら一番安いやつと言ってもコンビニで買うチューハイはやはり高い。そして美味しくもない。100円ちょっととは言っても庶民にこれは痛いのだ。無駄な出費を後悔しつつ、僕は新宿駅に歩いていった。

東京都はマッチングアプリに5億円、プロジェクションマッピングに48億円出資したそうだ。

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