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【東京の暮らし#7】三田の担々麺

とある日、月曜日なので、たまには出勤でもしてみるか・・・と久しぶりに朝から会社へ出勤した。(普段は自宅でリモートワークをしている。)

朝からひと仕事終え、時計を見ると、時刻はちょうどランチタイムに差し掛かっていた。

真夏の太陽がジリジリと照りつけ、日焼けで増えるシミのことを考えると外に出るのが億劫だった。

オフィス内にあるコンビニのおにぎりでランチを済まそうとしていたところ、上司からお誘い頂き、外に出てご飯を食べる事になった。

「俺、麺類好きなんだよね」と言われて、たどり着いたのは、三田にある担々麺屋さんだった。
上司行きつけのお店。

こんなに暑い日に熱々の担々麺か……もっと蕎麦とか、ヘルシーなものがよかったな……と思いつつも、初来店者のTPOに従い、店の定番メニューを注文した。

運ばれてきた担々麺をすする。

白濁したスープの中に、ひき肉とごま、豆板醤が混ざり合い、麺にしっかり絡んで喉を通っていく。

辛いものが得意じゃない私も美味しく食べる事ができた。
デザートのマンゴー杏仁豆腐まで、食べ終えるとお腹はいっぱい。

このあとの仕事は血糖値スパイクのせいで何もできませんね。と上司に作業パフォーマンスが落ちるよ宣言をしながら、会社に戻った。

その週の金曜日。

世に云う華金である。

クライアント先で打ち合わせを終えた私も、例にもれず花の金曜日の浮足立った街の雰囲気を享受していた。

まっすぐに自宅へ帰らず、目的もなく銀座線に乗り込んで渋谷に向かう。

金曜日だから、週の最後だから、
デパ地下で美味しいものを品定めして家に持ち帰ろう。

同じことを考えた仕事帰りの会社員たちが、東急のデパ地下にある惣菜屋に列をなしている。

スイーツ売り場も同じ光景だった。

週末のデパ地下は、1週間をともに戦い生き延びた戦士達のささやかな聖域なのだ。見知らぬサラリーマンも、同じ社会の仲間だと思うとうれしくて微笑んでしまう。

一通り物色してみるも、私の琴線にふれる惣菜が見つからず、場所を移動する。

自宅方面に向かう途中、駅の近くに担々麺屋がある事を思い出した。
先日、上司といった担々麺屋の別店舗だ。

せっかくだし、食べて帰るか・・・

持ち帰りを諦めて担々麺屋に入る。
先客が1名。

おじさんがカウンターで麺をすすっていた。

お好きな席どうぞー

店員の声をかけられ、奥のテーブル席に座る。

まわりには誰もいない。

辛くない担々麺を注文し、提供されるのを待つ。

待っている間に1人、2人と女性のソロ客が入店してきた。

暇なのでスマホを見る。充電が切れていた。
いきなり手持ち無沙汰になった。

スマホがないと、とてつもなく暇に感じる。
わたしって現代人・・・

食事が提供されるまで間が持たない。

目の前にテーブル席に20代後半と思われる女性が2人座った。

親しげな喋り方からどうやら友達同士のようだ。

暇なので耳を傾けてみる。
(というか、声が大きいので自ずと聞こえてしまう)

40代の上司が同世代の友達と付き合っている
友達は結婚を考えているが、40代上司は結婚を考えてないらしい
 サイテー
彼女つくらない主義みたいで、○○の結婚式でも新しい女の子探してたらしい
 サイテーサイテー

BGM代わりに耳に入る、見知らぬ東京の男の話。

どこも同じような男がいるんだな…と自分の周りでもよく聞いた、既視感のある話に思いを馳せる。

彼女達は、登場人物の男を女の敵だと非難しつつもどこか楽しげだった。

金曜の夜が流れ、話題も次々に変わる。

友達の◯◯が仕事終わったら毎日家に来てうざい。あいつ朝まで帰えんなくて下手したら家から出勤するのマジやめてほしい
 何してんの?
いや、ただお菓子食って、韓ドラ見て、酒飲んでダラダラしてるだけ
 なにそれ うける、楽しそうじゃん
この間とかうちきて、オールで〇〇の失恋話きいてた
あいつ全然空気よまなくて、永遠はなしてるからまじ迷惑
 なんで仲いいの?
あいつ、酒のめるじゃん?酒飲める女友達って貴重なんだよね。私のペースでついてこれるやつまじ好き。

話から想像するに、彼女達は東京都近郊が地元らしい。
言葉の雑さ加減やコミュニケーションの近さが、元体育会系を思わせる独特の雰囲気で、元運動部なんだろうなと感じさせる。

気を許した昔からの友達が近くにいて、さらりと家に侵入してくるほどの信頼関係が未だにあるなんて、羨ましいし微笑ましい限りだ。

社会人になって数年経ってから上京すると、心から信頼できる真の友達を作るのは難しい。

東京や関東近郊に長年住む人間は、学生時代までに自身のコミュニティを確率しているため、社会人になったとて、無理に新しい関係性を作らなくても良い。

そのため、職場だけでの関係性で終わる事も多く、平日の飲み会以外で遊ぶ事はめったにない。

上京は若ければ若いうちにするべきだと思う。できれば大学生までに。

地方から仕事で上京した者はたまたま東京にいる同郷の人たちを集めて、ただ休日の予定を埋めるためだけにお茶をする。そんなことは珍しくない。

上京したもの同士で仲良くなったりもする。お互いに東京に友達がいないからだ。

そして、大人になってできた友達は、私生活に踏み込みすぎない丁度よく離れた距離感を保つ。

長年付き合いのある学生時代の友人だったとしても、家庭を持っている場合が多いため、お昼のランチで都内で集合し、17時前には解散するといった流れが多い。

朝まで誰かとダラダラ飲むなんて10年くらいやっていない。

やりたいかと言われても、30代の中年としては、夜は早く眠りにつきたいし、誘っても誰も来ない自信がある。来られても、もてなす体力がない。

目の前で繰り広げられている会話は、長年の信頼関係で結ばれた友人同士が、若さゆえに無駄な時間と思われそうな、かけがえのないひとときを共有している、幸せな会話だ。

おまたせしました、担々麺ですーーー

店員さんが担々麺を運んできた。

担々麺を思い切りすする。山椒が思いっきり喉を攻撃し咳き込む。

気づくとまた話題が変わっていた。

好きな人ができて、半年で10キロ痩せたという話だった。
 ラブ・イズ・パワー。

担々麺をすすりながら、
30代になるとそんなに甘くないぞ、恋なんかの力で長年蓄えた皮下脂肪は落ちん・・・不可逆だ
と自分の腹回りについた憎き贅肉をさわりながら心の中で唱えた。

担々麺を食べ終え、店を出る。

時計は11時を回っていた。金曜日が1日を終えようとしている。

三田の担々麺からはじまり、担々麺で終わった1週間だった。

明日は土曜日。

週の中で一番ゆったりとした時間が夜とともに流れていく。













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