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自動電気炊飯器の技術史

日本に稲作が伝わって以来、米は火で炊いて食べられてきた。
その1000年以上の長い歴史の中で、

はじめチョロチョロ(浸し炊き、前炊き。吸水)
中パッパ(吹き上げ)
ブツブツ言う頃、火を引いて(沸騰維持)
ひと握りの藁燃やし(追い焚き)
赤子泣くとも蓋取るな(置き火むらし)

という、おいしく炊くための温度調節法が編み出された。

この「かまど炊き」を、スイッチを入れたら放置できる電気機器で再現するためには、その電気機器に、
①細かな温度調整
②釜全体を包み込むような火力
が必要である。
 ①はマイコン(マイクロコンピュータ)を搭載することによって可能となり、②はIH(インダクション・ヒーター。電磁誘導加熱)により可能となった。

NHK『プロジェクトX』2001年2月27日「倒産からの大逆転劇_電気釜~町工場一家の総力戦~」

 つまり、「かまど炊き」の電気機器による再現は、マイコンとIHの発明によって可能となったが、どちらもなかった時代、「主婦をかまどから解放したい」と、不可能とされた「自動電気炊飯器」を開発した一家がいた。

 ──三並一家。三並義忠&風美子夫妻と6人の子供たちである。

町工場が建ち並ぶ東京大田区。この町で生まれた6人兄弟がいる。今から46年前、6人は、両親と力を合わせ、世紀のヒット商品を開発した。全世界で5億台を売り上げた電気釜である。スイッチひとつで、いつでも、誰でも、美味しいご飯を炊ける電気釜は、日本の台所に革命を起こした。(中略)これは、不可能と言われた電気釜に挑んだ家族の深い絆の物語である。

NHK『プロジェクトX』2001年2月27日「倒産からの大逆転劇_電気釜~町工場一家の総力戦~」

三並一家の模索活動は「実験」のレベルを超えていた。

 ──それは「死闘」であった。

 マイコンもIHもない時代である。使えるのは釜、ヒーター、バイメタル(2つの熱膨張率の異なる金属を組み合わせ、高温になると自動的に切れるスイッチ)のみ──実験回数1000回以上、使ったお米は1t以上。そして「三重釜間接炊き」という方法を編み出し、どの大企業も成し得なかった「自動電気炊飯器」を完成させた。この死闘の様子は、NHK『プロジェクトX』(第42回)「倒産からの大逆転劇_電気釜~町工場一家の総力戦~」において、2001年2月27日に放映された。

※以下は「東芝未来科学館」の公式サイトより引用。

自動式電気釜は、主婦の家事労働のかかる時間を大幅に減らし、生活様式にも変化をもたらせた。

日本人の主食であるご飯を釜で炊くということは掃除、洗濯とともに、主婦の家事労働の一つであり、経験に基づいたノウハウによってご飯のでき栄えが左右されるものだった。タイムスイッチを使って、指定した時間にご飯が炊ける電気釜の出現は、炊飯を単に自動の電気釜に変えただけでなく、主婦の家事労働にかかる時間を大幅に軽減し、生活様式にも大きな変化をもたらした。

この自動式電気釜の発明者は当社の協力会社である株式会社光伸社の三並義忠社長である。1952(昭和27)年、当社家電部門の松本部長から自動式電気釜の相談を受け、開発に着手した。1955(昭和30)年に完成し、特許(昭30-12352)を取得したが、その3年間の研究開発は困難を極めたものであった。

X線で結晶構造を示す生澱粉をβ澱粉、加熱によって結晶構造を分解した「のり状(糊化)澱粉」をα澱粉と呼ぶが、消化しにくいβ澱粉を、消化吸収のよいα澱粉化させることがポイントだった。98℃位の温度を約20分間続けると、釜全体の米がα澱粉化しおいしく炊ける。強火で一気に炊きあげるのがおいしいご飯の炊き方だということが判明した。

そのため、釜の水が沸騰した後、タイマーで20数分後にスイッチを切れば、理屈上はおいしいご飯が炊けるはずである。しかし試作では、芯のあるご飯やお焦げもあった。原因は釜の外気温、釜の発熱量、米や水の量によって沸騰までの時間が異なるためだとわかった。そこで、釜が沸騰し始めたことを検知し、その20分後に正確にスイッチを切るにはどうすれば良いか、試行錯誤の末、編み出されたのが「三重釜間接炊き」という方法である。

外釜にコップ一杯(約20分で蒸発する量)の水を入れ、それが蒸発した時、釜の温度は100℃以上になる。それをバイメタル式のサーモスタットが検知できればスイッチが切れることに着想した。つまり、水の蒸発をタイマー代わりに応用したもので、日本人らしいシンプルで合理的なアイデアである。ただし、この実用試験は困難を極め、光伸社の社長夫婦が、自らの製氷会社の倉庫や、寒中には自宅の庭で実験を行い、苦労を重ねやっと完成にこぎつけたものである。

当社は家電部門の山田正吾をリーダーに販売に取り組み、1955(昭和30)年12月10日、完成した700台の販売を始めたが、家電販売店は半信半疑でなかなか乗ってこなかった。そこで既存ルート以外の電力会社の販売網などを開拓し、山田自らが全国の農村で実演販売をしてからは、爆発的に売れるようになった。その後、最高月産20万台を販売し、4年後には日本の全家庭の約半数にまで普及し、総生産台数も1,235万台を記録した。

「東芝未来科学館」「1号機ものがたり」「日本初の自動式電気釜」

新時代とは、今の時代の未来のこと。
新時代は、今の世界の全部を変えてしまえば訪れる。
台所に革命を起こせ!
羽釜など全て消して、電気釜にメタモルフォーゼしようぜ!

 この世界初の自動電気炊飯器「電気釜」の発売は、主婦の家事労働を軽減したばかりか、毎朝5時に起きなくてもよくなり、主婦の睡眠時間を1時間延ばしたという。高価にもかかわらず、発売当初から売り切れ店が続出し、5年後の1960年には、全家庭の約半数にまで普及するという「台所革命」であった。

 1955年、電化と日本の米食文化の接点で生まれた自動式電気釜は、当時、家事の面で最も影響が大きいといわれた「白物御三家」の内、唯一日本独自の発明品である。本稿では、「竈と羽釜」に代わり、「生活の前提」を支える「ランドマーク商品」になった自動炊飯器の創造力と破壊力を検証する。誰でも失敗せずにご飯が炊け、釜についた煤や噴きこぼれや竈周りの後始末の手間もなく、特に、寝ている間にご飯が炊ける便利さは、女性のライフスタイルを一変させた。さらに、コンセントさえあればどこでも炊飯できることは、台所の風景を一変させた。反面、伝統的な竈炊きのおいしいご飯の味や炊く技が失われ、子供が手伝から学ぶことや躾が失われるという、見えざ
る負性を持っている。
※Reco注:「白物御三家」=電気洗濯機、電気冷蔵庫、電気自動炊飯器。最近の電気自動炊飯器は黒が多い気がするが;

岩見憲一「ランドマーク商品としての自動炊飯器」

書いていて思ったのですが、「二重鍋」って三並一家の発明品なんでしょうか? 膠を作る「膠鍋(湯煎鍋)」に似ているのですが。

※湯煎鍋(ゆせんなべ):膠を溶解使用するために、膠を鍋に入れて直火で煮ると、膠を焦げつかせ組織を破壊するので、膠を入れる中子(なかご。glue pan)と、これを湯煎する湯を入れた外子(そとご。glue heater)とを組み合わせた膠鍋(glue pan/glue pot)を用いる。自動電気炊飯器「電気釜」を使った主婦が驚いたのは、自動で炊けることもあったが、それ以上に炊き込みご飯が焦がさずに炊けたことであったという。

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