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「遠州七不思議・夜泣石伝説」1本化プロジェクト(中)「史料編」

「遠州七不思議・夜泣石伝説」にはあまりにもバリエーションが多く、複雑です。そこで、「バリエーションをなくして1つの話にしよう」という1人プロジェクトを立ち上げました。(サポーターは0人ですが、1人で盛り上がってます(TдT)。)

小夜の中山に伝わる伝承を1本化すると、

「小夜の中山に蛇身鳥が現れ、都から藤原姓上杉氏が退治にやってきて、地元の娘・月小夜と結ばれ、娘・小石姫が生まれる。小石姫は平田寺2世住職・空叟上人の子を身ごもるも、松の根元で自害し、小石姫の霊が憑依した松が「夜泣き松」と呼ばれ、その松が枯死すると、今度は松の根元にあった石に憑依して「夜泣き石」と呼ばれた。また、小石姫の腹の子は救い出され、月輪童子と呼ばれ、飴で育てられた」(実際に「夜泣き松」があったのは沓掛松原、「夜泣き石」があったのは丸石原であって、離れている。)

となると思いますが、この話に登場する相良荘にある平田寺の『平田寺草創記』では、

「小夜の中山に蛇身鳥が現れ、都から藤原姓上杉氏が退治にやってきて、地元の娘・白菊と結ばれて妊娠するが、上杉氏は妊娠を知らなかったのか、帰京してしまう。白菊は菊川に飛び込んで自殺しようとするが、上杉氏が残した観世音菩薩像が僧に変身して救うと、「すぐ京都へ行け」と告げて消えた。白菊は夫を追って京都へ向い、途中、滋賀県大津市の月輪池のほとりで出産し、生まれた子に月輪童子と名づけた。その後、無事、上杉氏と再会し、上杉氏が与えられた相良荘で幸せに暮らし、月輪童子は上杉氏が建てた平田寺の2世住職・空叟上人となった」

とハッピーエンドであり、誰も死んでいない。死んでいないから、霊が松や石に憑依したという話はない。また、月輪童子は平田寺2世・空叟上人の子ではなく、本人だという。

 私は、「夜泣き松」の真偽は別として、小石姫は実在した人物で、自害も史実であるが、「夜泣き石」は「夜泣き松」から発展した創作だと思っていました。しかし、小石姫の話も創作となると、いつ、誰が、何のために創作したのか気になりますね。
 多分、日蓮を安房国へ流された貫名氏の子とする伝承同様、平田寺1世・宏雲と2世・空叟を平田寺がある相良荘を領した藤原姓上杉氏の一族とするための創作なのでしょうね。

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