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藤長庚『遠江古蹟図会』006「孕石之天神」付けたり「男鯨山と女鯨山」

 孕石氏の本貫地にある天満宮。
 ことのついでに「男鯨山と女鯨山」、孕石氏についての解説を掲載。

1.本文

(1)原文

 掛川宿より4里隔てて北に佐野郡孕石村有り。この村に大なる孕石あり。それ故に名とす。山と渓の間に沢川有り。川の側に孕石有り。その石に天満の宮を建つ。これ天神の神石なり。石の性、赤石にて小石を孕みたる石也。この石、高き所に有りて、毎日一つづつ抜け出て下へ落ち、婦人の子を産するが如し。その石の大きさ、半ばは土に埋もれたれば、大きさ定まらず。
 世間に子無き者、この石を得て、神棚へ上げて祭ると果たして子を設くと云ふ。ゆゑに余国にても聞き及び、貰ひに来る者多し。さて、安産すると天満宮へ返すとなり。婦人に必ず知らせず。
 近来、宮を再び建立して、その石を隠して板敷となす。却って以前の宮は石上に宮有りて尊く見え、今の宮は常の天神の宮同様に見え、賞玩薄しと云ふべし。再建の人、気の付かぬ仕方ならんや。
 抜けたる石は石卵の如く長く丸し。「この石、国へ持参しても感応有り」と云ふゆゑに、当国産物の一つなり。
 拝殿の額は余が筆する所なり。
 「この村の氏子は、安産なる」由を、云ひ伝ふなり。
 神前に外より返したる石、数多有り。また、「返さずおけば、自然と返す事有り」となり。日坂八幡の碁石と同じ也。

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