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原文&現代語訳『足助八幡宮縁起』(上)

★原文&現代語訳『足助八幡宮縁起』(上・下)について
https://note.com/sz2020/n/ncb3be61178e1
★原文&現代語訳『足助八幡宮縁起』(下)
https://note.com/sz2020/n/nee50a3f33771

Ⅰ.序文

【原文①】 夫れ清陽は天と也。重濁は地と也。而后、神聖其の中に生ず。国常立尊と申して、ましませば、各(おのおの)御名を顕して、7代に及んで、伊弉諾、伊弉冉尊の2神らの御神、久堅の天に住み給ひし時、「豈、此下に国無らんや」とて、逆鉾をさしをろして掻探り給ふ。其の鉾の下たり、こり堅まり、あらか子の地、出来にけり。扨、一の島となり、「あは地よ」と宣ひしより、今、淡路国と云へり。彼の島に2神あま下り坐し、国々を作し、山川、草木、亦、1女3男を生み給ふ中にも天照大神は霊異尊にて、皇孫・瓊々杵尊に三種の神宝を奉り、八百万の神を添へ、千五百秋津瑞穂の国を譲り、「宝祚きはまり無るべし」と詔御坐しより以来、三光変易なく、二儀違順あらざる者也。

現代語訳①】 原始、清陽(清い陽気)は天になり、重濁(重々しい濁り)は地になった。この天地開闢の後、神聖なるものが、その中に生じた。最初に出現したこの原初の神を国常立尊(くにのとこたちのみこと)という。その後、国狭槌尊、豊斟渟尊、埿土煮尊&沙土煮尊、大戸之道尊&大苫辺尊、面足尊&惶根尊、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)&伊弉冉尊(いざなみのみこと)と、「天神七代」(「神世七代」とも)がそれぞれ名を顕し、最後に誕生した伊弉諾尊&伊弉冉尊の2柱の神が、「久堅(ひさかた)の」(「天」にかかる枕詞)天に住んでおられた時、「底下(そこつした)に豈(あに)国無けむや」(地上には海だけで国(陸地)が無い)と言って、天之瓊矛(あめのぬぼこ)をさし下ろして、渾沌とした地上を掻き混ぜた。この矛から滴り落ちた滴りが積もって凝り固まり、「粗金(あらかね)の」(「つち(土、地)」にかかる枕詞)地(島)となった。さて、最初に島が出来た時に「あは地(ぢ)よ」(ああ、土地が出来た!)と言われたので、今はその島を淡路(あはぢ)国(淡路島)という。その淡路島に伊弉諾尊&伊弉冉尊の2柱の神が天下り(降臨。天上(高天原)から下界(地上)へ降りること)し、大八島国などの国々を作り、ついで山川、草木、水火などの神々を生み、最後に三貴子(天照大神、月読命、須佐之男命)を生んだ。(『日本書記』に「洗左眼、因以生神、号曰天照大神。復洗右眼、因以生神、号曰月読尊。復洗鼻、因以生神、号曰素戔鳴尊」の二男一女とある。)中でも天照大神は霊妙な神で、皇孫(すめみま)・瓊々杵尊に「三種の神器」(八咫鏡、天叢雲剣、八尺瓊勾玉)を渡し、八百万(やおよろず)の神々を付け、「豊葦原千五百秋瑞穂国」(日本国)を譲り、「宝祚(あまつひつぎ)窮(きはま)り無(な)かるべし」と申されて以来、三光(太陽と月と星)は変わらず天に輝き、天と地はひっくり返ってはいない。

■「天壌無窮の神勅」(東京神社庁)
皇孫(すめみま)に勅(みことのり)して曰(のたま)はく、
「豊葦原(とよあしはら)の千五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みづほ)の國(くに)は、是(これ)、吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たる可(べ)き地(くに)なり。宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ。行矣(さきくませ)、宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか)えまさむこと、当(まさ)に天壌(あめつち)と窮(きはま)り無(な)かるべし」
【口語訳】天照大御神が瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に勅して申されるには、
「豊かで瑞々しいあの国は、わが子孫が君主として治めるべき国土です。わが孫よ、行って治めなさい。さあ、出発しなさい。皇室の繁栄は、天地とともに永遠に続き、窮まることがありません。」
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/inochinokotoba/r0105/

Ⅱ.足助八幡宮の草創期

1.3体の怪異の出現

【原文②】 爰に東海道三河国賀茂郡惣社八幡大菩薩の元興を窺ふに、 仁王39代天智天皇の御宇、当国宝飯郡大深山と云ふ山に、怪異者3つ出来せり。 1つは猿の形。1つは鹿の姿。1つは鬼体にして大木の梢、巌石の上、飛行自在に見へたり。

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