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母の背を抜いた日

まだ冬と春の寒さの残る時期だった。
高二の桜が咲く前。
母の再婚相手の家で夕飯を食べて、自分たちの当時住んでいた市営住宅の駐車場から住宅の入り口に、二人の買い物した食材や猫の餌や砂をそれぞれ持ちながら会話して、私は母と並んで歩いていた。
会話中、ふと横を見た私は笑顔が引っ込んだ。

……母の頭頂部がはっきり見えた。瞬間、ショックを受けた。
「…ねぇ、お母さんさ、今日低い靴履いてる?」
ショックから一旦目を逸らし、必死に質問を捻り出した。
「はぁあ?あんたなに言ってんの?」母は苦笑していた。
「じゃ、じゃあ、脊椎とかの間の軟骨?が夜だから収縮したのかな?」
まだ…まだ、早い!早いよ!
「さっきからおかしな事言うねえ。どうしたの?」笑う母。
観念するしかなかった。受け入れるしかなかった。
「…いや、今、横見たとき、お母さんの頭のてっぺんが見えたんだよね…」
母はいとも簡単に「そりゃあんたの背が伸びたんだべさ」成長を喜ぶように笑って、核心を、言った。

母の背を越す。……いつか来ると思っていた。
けれど、不意打ち気付きは、かなりな衝撃だった。
微弱であれ、サヴァンの映像記憶能力を持っている身としては、あの時のショックと衝撃は忘れられない。
背を越した申し訳なさ、ほとんど甘えることは無かったけど「大人」に近づいてしまったな…という寂しさも抱いた。

まだ…「こども」でいたかった。
母より小さい。…私の当たり前の思考だった。

母が存命のとき、よくこの話題も喋ったけれど、後半の本音は母が亡くなるまで言わなかった。
だから母は知らない。

母の日と母の誕生日月の5月……思い出したので、記しておくことにしました。

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