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やまのこ保育園見学レポート

一歳でおむつが取れて、二歳半からは朝から会議… 子どもたちがやりたいことを自分で決める?!そんなWell-beingを志向する保育園があると聞いて、山形県の「やまのこ保育園」を見学させていただきました。

1.理念

やまのこ保育園のホームページでは、"「やまのこ」が目指すもの"として、以下のような理念が掲げられています。

わたしたちの願い
「今を幸福に生きる人として 地球に生きているという感受性を持った人として、子どもたちが成長していくことを願い、保護者とともに歩む 」

このような保育を心がけます
・一人ひとりに流れている時間を大切に
・自らの意思で選び、取り組むことができる環境づくり
・太陽や土、水、草花、生きものたちと存分に遊べるように
・かしこく、しなやかな身体が育つように

わたしたちが目指す大人の態度
・観察し、応答的に関わる
・観察を結びつけ、統合的に発達を捉える
・問いと試行を繰りかえし、探索する
・多様性と多面性を前提に、対話する

https://yamanoko.org/about/

この日は、これらの理念が一貫して保育園の活動に現れている様子を、見学や職員の方々へのインタビューを通して体感することとなりました。

2.実際の保育園の様子

以下は、保育園の午前中の活動をのぞかせていただいた内容です。

朝の会議

子どもたちは登園後、しばらく遊び、園児の登園が終わると全員(異年齢保育で全員出席した場合50人ほど)円になって話し合いが行われます。全員が椅子に座るまで他の子は静かに待っています。誰が誰の隣に座るかでもめたり、どこに座るか迷う子もいますが、それを皆で待ち、全員が席につくと、しばらく職員さんからのお話しがあったあと、今日やりたいことを園児同士で話して決めます。さらに職員さんの「お知らせがある人~?」の声かけで子どもたちが一斉に20人ほど手をあげ、順番に話を聞く場が20分ほど設けられます。その後解散し、それぞれの活動のグループに分かれて活動を始めます。「お知らせ」では何を話してもよく、実際に以下のような会話がありました。

園児:古いカメラ!
教員:古いカメラがどうしたの?
園児:…
教員:古いカメラで写真を撮るのかな
園児:…
教員:古いカメラを持ってきたの?
園児:…(首を振った様子)
教員:古いカメラをもらったのかな

園児は言葉を発していなくても、職員の方が表情やしぐさを見ながら会話を広げてくれます。園児の「みんなに話したい」という気持ちが尊重されているため、子どもたちは安心して次々に手を挙げていました。ほかにマインクラフトのアイテムを段ボールで作成した園児がそれをみんなに見せたりなど、活発な「お知らせ」のやりとりがありました。

この話し合いの形式も強制的に始まったものではなく、この形になったのは最近だとのこと。はじめは自分で作ったお菓子やお茶をふるまいたい園児がいたことから、講堂に集まった別の園児にふるまっていたところ、この集まりにくれば食べ物がもらえるとほかの園児たちも考えて集まってくるようになり、現在のような朝の集まりの会が定着したそうです。大人からの強制ではなく、子どもたちの日々の活動の中から動的に生活のリズムが生まれてくる様子が素敵だなと思いました。

午前の活動

朝の集まりのあと、各部屋に分かれて、午前中は以下のような活動が行われました。いずれのグループの活動も職員の方が一名以上サポートしていました。

・園庭での焚き火(雨でしたが、雨具を着た数名が参加)
・アスレチック、トランポリン、フラフープなど「動」の活動(天井の高い講堂にアスレチックが設置してあり数名が遊んでいました)
・ひなまつりの料理作り(数名の園児がコンロで錦糸卵を調理)
・ひなまつりの衣装作り(工作の部屋で紙や布でおひなさまの衣装を作り、その後園内をパレード。雅楽をBGMにしており雰囲気抜群でした)
・編み物やブロック遊びなど「静」の活動(静かな遊びの専用の部屋があり、落ち着いて遊べるようでした)

通常は雨の日に「焚火をしたい」と子どもが言いだしたら、「今日は雨だから別のことをして遊ぼうか」とほとんどの大人が言うのではないでしょうか。やまのこ保育園では雨の中でも、大人も子どもも雨具を着て、ブロックと板で屋根を作って焚火遊びをしており、とても楽しそうでした。

子どもが自分でやりたいと思う気持ちに寄り添い、それぞれの子どもがやりたいことをできる体制がとられており、「無理だよ」ではなく「やってみよう」と子どもの気持ちを尊重してもらえる姿勢を感じました。

給食時間

「子どもが自分でやりたいことを決める」という考え方は給食時間にも現れていました。教員が講堂で給食用の机を広げはじめると、それを手伝う子どもが現れ始め、気付いた子どもたちからめいめい遊びを切り上げ、自ら手を洗いに行き、洗った子から順番に自分の給食のセルフサービスでの用意を始めました。トレイと食器を一列になって取り、給食配膳のコーナーで自分でご飯やおかずを大皿からよそい、めいめい好きな席に座ってご飯を食べている様子でした。お米やおかずの量は自分で決めてよく、食べきれる量をよそうというのがルールとのことでした。

こんなに小さな子どもが自分でご飯をよそっているのは衝撃的な姿でしたが、二歳半未満の園ですでにご飯をよそう練習をしてきており、二歳半以上の園ではほぼ全員がセルフサービスで自分のご飯を用意できるようになるとのことでした。
 
この日はひなまつりだったので、ちらし寿司を作って食べていましたが、ほかにも午前中の活動で子どもが料理をしたいと言った場合、畑でとれた野菜を炒めるなどして給食時間に食べることもあるとのことでした。

その他、特徴的だと感じた点

  • 子どもと大人が対等に尊重される
    →0歳から二歳半未満の園と、二歳半以上の園の両方で、子どもたちは年齢に関わらず「子」ではなく「人」と呼ばれており(たとえば「一歳の人」「あそこにいる人」など)、さらには大人は「〇〇先生」ではなく「〇〇さん」と呼ばれており、子どもも大人も一人の人として対等に尊重されているのを感じました。

  • 危ないことを禁止するのではなく、自分で危険を避けるように促す
    →講堂にジャングルジムのようなアスレチックが置いてありましたが、子どもが登ったら危ないのではないかと思うような高さでした。実際にその一番高い場所に手放しで立ち上がろうとした子どもがいましたが、職員は「やめなさい」と頭ごなしに禁止するのではなく、「自分で何が危ないかわかるでしょ?」と会話することで危険を知らせていました。
    なぜこのような高いアスレチックを置くのか質問したところ、子どもはある年齢から高いところに登りたい気持ちが出てくるので、アスレチックがないと棚やピアノに登ったりして危ないので置いているとの回答でした。高いところに登ることを禁止するのではなく、年齢に合った発達を受け止め、かわりに何が危険かを自分で考えさせるのだなと感じました。

  • 連絡帳の替わりに1人ずつの日々の様子を記録するファイルを作成し、この記録を元に毎日口頭で保護者と情報共有をしているほか、二歳半以上の園は毎日、二歳半未満の園は週に二回、振り返り会をしている。
    →モンテッソーリの幼稚園のように、子どもの一人ずつのファイルを作って、そこに日々の活動や様子などを記録し、一元管理しているとのことでした。発達の記録を保育園側に蓄積し、教員同士で情報を共有しながら振り返りが行われることで、長期的に、多面的に、子どもを見守り、子どもとの関わりをデザインすることが可能になるのだと感じました。当日ご案内いただいた人事・保育部門の清水さんが「大人もこんな風に一人ずつ伴走してもらえたら、どんなに良いか」とおっしゃっており、実際に伴走型のマネージャーが園児一人ずつを見ているような体制だと感じました。

3. なぜ可能なのか

多くの保育園・幼稚園の先生が毎日疲弊しているという情報はネット上のそこかしこに溢れており、自分自身も子どもを保育園に預ける身として保育・教育の緊張感や多忙さ、ニーズの果てしなさは想像ができます。

多くの保育園が神経をすり減らしているのだろうなと日々感じるのは「傷をつけずに子どもを安全に返すこと」。また昨今多いのは「英語などの早期教育や受験対策をしてほしい」という親のニーズ。しかし、やまのこ保育園のWell-beingの方針はこのどちらとも違うように感じます。そこでどのようにこのような理念の実践が可能になっているかをお聞きした結果、以下の要素が大きいと感じました。

理念を体現できる選りすぐりの人材

創業時の園長は、立ち上げ期にこの理念に共感し体現できるパワーメンバーを集めるために、全国を尋ね歩いたとのことでした。その採用方法は通常の面接とは異なり、例えば福岡出身のメンバーが候補者であれば、その人がどんな食べ物を食べてどんな環境で育ったかを知るために福岡まで行き体感するというプロセスを経たものだったとのこと。そのようにして深く知り合った素晴らしい人材がこの園の理念の実践を可能にしたとお聞きして、深い納得感がありました。

ゴール設定~「幸福」が保育のゴール

保育のゴール設定の段階で、たとえば「傷一つ付けない保育」などにした場合、教員の負担は限りなく大変になってしまい、子どもの体験の自由度も下がってしまいますが、この保育園は創業時からゴールをウェル・ビーイングや幸福に設定しているため、保護者と約束していることが通常の保育園とは異なります。さらにそれら理念を創業時にドキュメンテーションに落とし込んだために、その後も軸をぶらさずに様々な家族とコミュニケーションを取ることが可能になっているようでした。

保護者との絶え間ない対話

しかし例え「幸福」のためとはいえ、子どもを自由にさせるとやはりケガはつきもの。そして心配が尽きぬのが親というもの。そのような保護者がいるなかでどのように方針に理解を得ているのか?という質問に対して、見せてくださったのは膨大なドキュメント。

入園者用ハンドブック「生活のしおり」と二か月に一回発刊のジャーナル「ちいさな惑星」

入園者用ハンドブック「生活のしおり」には、この園の考え方や、その実践である日々の暮らし方がわかりやすく記されていました。また、二か月に一回発刊されるジャーナル「ちいさな惑星」には、30ページほどに渡って、その二か月の子どもたちの活動や、保育者の話し合いの内容、保護者の集まりであるペアレンティングの様子や保護者の声、その他さまざまなイベントのレポートなどが、とても丁寧に記されており、とても読み応えのある読み物でした。

このようにして、入園前の保護者面談での理念の説明に始まり、入園後も日々の会話やブログ・ジャーナルなどで、継続的にコミュニケーションが取られているとのこと。コミュニケーションは保護者の体験も含み、実際に保育園の川遊びに誘われて参加した保護者は参加する前は「川なんて危険ではないか」と心配をしていたものの参加してみると「なんて楽しい遊びをしているのか!」と見方が180度変わったとか。保護者を巻き込み、家族とともにウェル・ビーイングを目指す保育園の姿勢が伝わりました。

ブランドコミュニケーションの実践

とても丁寧な情報発信をしていることがわかると、次に気になるのはその労力。「コミュニケーション・コストがすごくかかるので大変ではないか?ほかの園でもこのようなコミュニケーションは可能か?」との質問に対し、「残業が多いわけではなく、コミュニケーションに掛けるエネルギーの総量はおそらく変わらないが、『掛け方』がかなり異なる。なので、もしほかの保育園が方針を変えようとしたときになかなか変えられないとしたら、そこ(コミュニケーションの量ではなく、方法)が課題の一つになるのではないか」とのこと。

確かにやまのこ保育園でされているのは、理念に基づく一貫したメッセージを様々な場面で発信するという「ブランドコミュニケーション」であり、これによって醸成された信頼感が全体のコミュニケーションコストを下げているようでした。ブランドコミュニケーションは通常のサービスでも難しいものだと思いますが、ウェル・ビーイングの理念を強く持つメンバーの方々の熱量と真摯な姿勢がそれを可能にしているのだなと感じました。

ヒエラルキーのないチーム

もっとも唸ったのが、チームの考え方。お話しを伺った保育者の柏木さん曰く、Well-beingの保育園の実現には、職場がフラットで、軋轢を生むようなヒエラルキーがない組織であることが大きいとのことでした。

たとえば、「子どもに片付けを教えることが大事だ」と考える保育のベテランの人もいれば、まったく別の業界から来た新人の人が「本当に片付けって大事でしょうか?」と疑問を投げかける。そんな対話が繰り広げられているそうで、様々な立場の人が「自分はこう思う」とアイ・メッセージで伝え合うことが重視されているそうです。さらにはアイ・メッセージの使用やフラットな組織というのも、誰かがルールで決めたものではなく、Well-beingや幸福を実現するための道を追求するなかで出てきた手段のひとつにすぎないとのこと。

「決める人やある程度のルールがないとキリがなくなってしまうのでは?」という質問に対しての職員の方々のお答えには、この園の考え方が溢れていました。

大事なのは大人も子どもも同じで、「人が愛され、尊敬され、信頼されること」。これを実現するために、ヒエラルキーのない組織になっており、多様性があるので対話が止まることがない。多様な人がいるから、一つのメインストリームに集約されない。どうしても何かを決めなければならない場面では園長など決める人はいるが、そこに至るまでの対話の過程は社会そのものであって、いろんな意見を持ちながら共存するというのが、今後目指したい社会であり、そうありたいと願っている。

(職員の方々のお話からわたしが受け取った内容です)

「保育園は学びの場でもあるが、暮らしの場でもあるから面白い」とは案内してくださった職員の柏木さんの言葉。この保育園の方々は、今後目指したい社会を、保育園という場で体現しているのだなと感じました。誰もが尊重されるための、あくなき対話へのコミットメントに、この保育園および運営母体であるSpiberの「Well-beingへの信念」を強く感じました。

やまのこ保育園のみなさま、貴重な体験をありがとうございました。

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