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商業8周年ありがとうございます!期間限定SS公開!!

 2015年11月4日に、中村朱里は『魔法使いの婚約者』という作品で、商業デビューを果たしました。
本日は2023年11月5日。…………アッ8周年過ぎてる!?と気付き、突発ですが、2023年9月名古屋コミティアにて無料配布したショートストーリーを、3日~7日間ほど(未定。いきなり消えると思います)期間限定公開させていただけたらと。
期間限定といいつつなんやかんやずっと公開しておくかもしれません…。

内容としましては、『魔法使いの婚約者14 だからふたりは、これからも。』を読んでいただいた方には「おや?」と思っていただけるかもしれないネタです。

◇和風ファンタジー
◇婚約破棄
◇男性視点
◇ハッピーエンドではない

ことを念頭にどうぞ!

*** 

おかえりなさい、かぐや姫


【設定】

■春霖(しゅんりん)
主人公。当代東宮。次代の帝。

■赫映(かぐや)
東宮の対(妻)となるべき存在。

■玉牆内国(たまがきのうちつくに)
物語の舞台となる国。極東の島国。閉鎖的。

■東宮(とうぐう)
王太子。次代の帝となるべき存在。


***

ねえあなた。
約束をしてくれませんか?
どうか、どうか、待っていてほしいんです。
たとえ十年、百年、千年かかったとしても。
必ず、あなたのもとにたどりつきます。
だから、どうか、ねえ、待っていて。

***

水と火の寵愛を受けし玉牆内国(たまがきのうちつくに)。
極東の果ての小さな島国だが、水の帝と火の后を頂点に頂いて栄える豊かな国だ。
その当代帝の嫡子にして、次代の帝と約束された東宮の名は、春霖(しゅんりん)。
玉牆内国では、より濃く深い色合いの髪が尊ばれるが、その中でも春霖は、水の加護を一身に受けたかのような、昏く吸い込まれるような紺青の髪を持って生まれた。
長く伸ばされたその髪はいついかなる時も濡れたように艶めき、同色の瞳は伏せれば影を落とすような長く濃い睫毛に縁どられ、誰もが見惚れずにはいられないような白皙の美貌は玉牆内国の誉れと誰もが語る。
才色兼備と称することすらはばかられるような、理想的な東宮(とうぐう)。それが春霖だった。

「――――受け取れ」
「はい、ありがとうございます」

春霖が差し出したのは職人が一から作り上げた美しい玉かんざしだ。それを跪いてうやうやしく受け取る娘を見下ろして、春霖は無意識に眉をひそめた。
受け取ったばかりの玉かんざしをしげしげと見つめ、その場で身に着けるそぶりもなく、さっさと彼女は自らの小物入れにそれをしまった。つくづくかわいげのない女だと、もう何度感じたか知れない苛立ちをまた覚える。
玉牆内国では珍しい、淡い亜麻色の髪と薄く赤みがかった榛色の瞳を持つ、春霖よりも二つ年上の娘。彼女こそが、赫映(かぐや)と呼ばれる存在だ。

赫映。その字が示す通り、赤々と燃え映える炎を意味する称号である。

次代の帝たる東宮は水を司る。その東宮の対となり、火の加護の元に玉牆内国を支える存在。それが赫映だ。
つまりはいずれこの娘は春霖の妻となるべき女なのだが、春霖自身はそれを認めたつもりはない。こんな地味で平凡で何一つ面白みのない女に、この自分の妻が務まるものか。

それなのに、現実は非情だ。この女は、赫映なのだ。

玉牆内国を守護してくださる双璧の一柱たる大精霊――一般的に炎獅子の君と呼ばれる存在が、この女を見出した。
あれは五年前のことだったか。
春霖、つまりは東宮の十五歳の成人の儀の際に、その対となる赫映は選出される。
儀式の場に、火の加護を持って生まれた娘達が集められ、精霊と呼ばれる種の中でも四大精霊の一角を司る炎獅子の君を召喚し、かのお方が最も守護を与えるべき存在を選ぶ。
集められた娘達は誰もが美しく着飾り、何より、玉牆内国の慣例通りに、火の加護を意味する深く濃い赤毛と赤目を持っていた。その中で悪目立ちしていたのが、目の前の女だ。
きらびやかな愛らしい妹から一歩下がった場所で跪き、その時も穏やかに微笑んでいた。なけなしの火の加護しかない彼女のことを、誰もが嘲っていた。燃えるように見事な赤毛の妹すらも――いいや、妹であるからこそ、か。
その妹こそが最有力候補であったというのに、蓋を開けてみたらとんでもないことになった。

――――久しいな。

儀式の場に現れた燃え盛る炎のたてがみの獅子は、そう呟いて、誰よりも赫映の座から遠かったはずの娘にその鼻先を寄せた。

かくして、選定の儀は終わり、春霖は成人し、妻となるべき赫映を得た。

そのときの気分と言ったら、筆舌に尽くしがたい。
屈辱だった。なんたる侮辱かと憤った。この自分の赫映が、こんなさえない、火の加護などほとんど持ち合わせていない娘だなどと!
ああ、思い返すだに忌々しい。
この女を選んだ炎獅子の君は、時を超越した人ならざる身であるはずなのに、既に耄碌しているのではないだろうか。
それでも春霖は、東宮としての義務として、自身の赫映の元へ通わざるを得なかった。
古来より伝わる伝承によると、初代赫映は、月からやってきたのだという。赫映を月に返さないために、東宮は彼女への貢物を持参して顔を合わせることが義務付けられているのだ。
貢物といっても、なんてことはない。東宮たる春霖に用意できぬものはなく、当代赫映本人も何かを自ら求めることはないため、いつだって適当に侍従に見繕わせて、義務として春霖は赫映に会いに行く。
初代赫映は求婚者に仏の御石の鉢だの、蓬萊の玉の枝だの、火鼠の皮衣だの、龍の首の珠だの、燕の産んだ子安貝だのを求めたそうだが、当代赫映は見た目通りのつまらない女だ。だからこそ、『貢物』に困ったことはない。
当代赫映は何も求めず、何を与えても「ありがとうございます」と穏やかに微笑むばかりだ。
赫映としての誇りも矜持もない、安い女。会うたびになんてつまらない女なのかといっそ感心してしまう。

「……また来る」
「はい、お気をつけて」

渡すものは渡した。義務は果たした。ならばもう長居する必要はない。
春霖がそう踵を返そうとすると、不意に、つい、と、長く広がる袖を引かれた。
この自分に誰の許しを得て軽々しく触れるのか。思わず肩越しに振り返り睥睨すると、赫映は困ったように微笑んで、そっと自らの懐から温石を取り出し、それを差し出してきた。

「春とはいえ、今宵は冷えますわ。どうぞ、お使いくださいませ」
「……さして秀でたところなど何一つないくせに、媚を売るのだけは一丁前ということか?」
「まあ、申し訳ございません。差し出た真似をお許しください」

当代赫映の身の上にありながら、この女の現状は安寧とは程遠い。色素の薄い髪と瞳の赫映など聞いたことがないと、宮中どころか市井でも、彼女は軽んじられている。
生家はそれなりに名の通った貴族でありながら、火の加護を強く身に宿した愛らしい妹ばかりが溺愛され、この娘はこんな都の外れのあばらやのような屋敷に、たった一人で住んでいる。
それでもこの女が無事で済んでいるのは、東宮たる春霖が通う屋敷だからだ。赫映にとって頼れるべきは春霖だけなのだ。
そんなこの自分に、おそらくはたった一つのぬくもりであろう温石を差し出してくるなど、なるほど、健気なことだ。
だがそれを好ましく思うかと言われたら話は別である。自らの弱さを盾にしてすり寄ってくる女など、この自分にふさわしくない。
会いに来てやっているのは、それが義務だからに過ぎない。間違ってもこの女を想う心があるからなどではない。
勘違いなどされてみろ、気色悪いにもほどがある。
胸の底から込み上げてくる言葉にならないどろりとした何か。それをごくりと飲み込んで、春霖は赫映の屋敷を後にした。

――春霖と赫映の正式な婚姻が結ばれることが決まったのは、それから間もなくのことだった。

宮中も市井も、誰もが一様に春霖に同情し、国の行く末を案じた。あのような不出来な赫映など、と、ささやく声は日に日に大きくなっていった。

そして。

「そなたから赫映の名を剥奪する。我が妻たる真実の『赫映』は、もちろんそなたも知っているだろう。そう、そなたの妹である椿(つばき)だ!」

春霖の宣言に、おお、と周囲がどよめいた。
宮中の広間にて集められたのは有力貴族達ばかりではない。春霖は、無理を押して、父である当代帝と、母である当代后をもこの場に召還した。
この腕に抱かれている麗しく可憐な赤毛の少女が、甘く微笑んで、自身の足元に侍る何匹もの火の精霊である子猫を愛撫する。その姿のなんて愛らしいことだろう。
周囲が精霊と戯れる彼女の姿にうっとりと目を細める中、ほんの一瞬前まで『赫映』だった女は、やはり穏やかに微笑んでいた。自身の夫となるべきだった男を自身の妹に奪われても、彼女はただただ凪のように穏やかだった。

その微笑みが、ああ、こんなにも憎たらしい。

「確かにそなたは炎獅子の君より選定を受けたが、だからなんだ。そなたはその加護を民に還元することもなく、東宮たる私の支えとしての責務を果たそうともしない。そんなそなたを、赫映として誰が認められようか! 椿を見るがいい、彼女は既に炎獅子の君の眷属達と契約を結んでいる。いずれ炎獅子の君とのご縁も結ばれることになるだろう」

そうだとも。
椿という名のこの愛らしい娘は、姉が赫映に選ばれてからも心折れることなく、真摯に春霖に寄り添ってくれた。
「わたしと休憩しましょ?」とつまらない公務から解き放ってくれることもあれば、「わたし、春霖様とおそろいで、これが欲しいなぁ」などとたまらないわがままを言ってくれることもあった。望む通りに装飾品を買ってやれば、大きく破顏して「春霖様、大好きです!」と喜びをあらわにしてくれた。
そんな彼女が、「どうしてわたしじゃなくてお姉様が赫映なんでしょうか。わたしの方がずっと春霖様にふさわしいのに!」と言ってくれたから。
その言葉に、周りの誰もが……そう、父である帝と、母である后すらも同意してくれたから。
だから春霖は、この場を用意したのだ。

「申し開きはあるか」

さあ、さあ、さあ! 泣け。わめけ。嘆け。跪いて私にすがれ。そして己の愚かさを悔いるがいい。
『赫映』は『東宮』を愛するものだ。そなたも私に捨てられたくはないだろう。
自らの白皙の美貌に歪んだ笑みが浮かぶのを感じながら、それでも込み上げてくるどろりとした歓喜に抗うことはできなかった。
先ほど椿こそが赫映にと言ったが、実際にこの娘を『赫映』として擁立することは難しいだろう。炎獅子の君に限らず、精霊は自らの選定を覆さない。精霊は、間違えないものなのだから。
だからこそ、表向きは椿を赫映として立て、その姉である娘は、春霖が本当の赫映として、春霖だけの赫映として囲ってしまえばいいのだ。

そう、そうだとも、それこそがこの女にふさわしい、春霖が望む未来なのだ。

「答えよ」

さあ。さあ。さあ。
急く心を押さえて、見せ付けるように椿を抱き寄せて問いかける。
『赫映』だった女は何も言わずに俯いた。

ああ、ほら、ようやく。ようやく、あの忌々しい微笑みではなく、彼女本来の涙が――――っ!

そう春霖が確信した、歓喜した、次の瞬間。

 

「っ、ふふふっ!」

 

小さな笑い声が上がった。場違いなほどに軽やかな笑い声に、ざわめいていた周囲が静まり返る。
その視線が集まる先にいるのは、春霖が見つめているのは、『赫映』だった女。くすくすと小さな笑い声を上げて肩を揺らした彼女は、そうして顔を上げた。


「それではわたくしは、ここでお暇させていただきたく存じます」

 

その時、息を呑んだのは、誰だったのか。
春霖だったのかもしれないし、幼い頃から姉をあざけり続けてきた妹である椿であったのかもしれないし、あるいはその場にいる全員であったのかもしれない。
彼女は、笑っていた。穏やかな微笑みではなく、心からの喜びを表した、満面の笑みだ。
そのあまりにも嬉しげな笑みに、春霖は図らずも見惚れた。彼女のそんな顔など、今までどんな貢物を贈っても、決して見られなかったというのに。
何故、彼女は、今、そんな顔をするのか。
そして、今、彼女は何を言った?
誰もが呆然と立ちすくむ中で、彼女はにこやかに続ける。

「ああ、これでお役御免ですね。よかった、もう思い残すことはございませんわ。ねえ、ヴァル様。そうでしょう?」

彼女が歌うように宙に向かって問いかけると、見上げた先に赤く燃え盛る魔法陣が展開する。
そこから現れたるは、炎の獅子。玉牆内国の守護神が一角、炎獅子の君の登場に、歓声とも悲鳴ともつかない叫び声が上がる。

だが、春霖はそれでも動けなかった。『彼女』から目が離せない。

あれは誰だ。炎の獅子にすり寄られて、ころころとはじけるように笑いながらそのたてがみを撫でまわす女。
あんな女、自分は知らない。

「改めまして、お久しゅうございますわ、ヴァル様。まったく、わたくしを選定なさるなんて、当時はお恨み申し上げましたが……。考えてみれば、玉牆内国は諸外国との国交がほとんどございませんものね。西方に旅立つには軍資金が必要となるは当然のこと。おかげさまで、東宮様よりたっぷり“貢物”を頂戴しましたし、立場上要らぬ縁談からも逃れられましたし……その赫映もお役御免ということで、これで晴れて旅立てますわ。ヴァル様、本当にありがとうございます」

――構わんさ。懐かしき友との再会の祝いだ。
――ついでに、このまま港まで送ってやろう。

「まあ太っ腹ですこと!」

楽しそうに笑うあの女は、いったい、誰だ。
そう呆然と立ちすくむ春霖に、ようやく、春霖にとっての『赫映』の視線が向けられる。
気付けばすっかり忘れていた呼吸をようやく思い出した。は、と吐息をこぼすこちらに、彼女はいつものように穏やかに微笑んだ。

「ご迷惑をおかけしました。わたくしが赫映の任を解かれましても、後任は必ずヴァル様……炎獅子の君が選出してくださいますのでご安心くださいませ。長らくお手を煩わせてしまったこと、心よりお詫び申し上げます」

違う。
そんな言葉が聞きたいのではない。
そうではない、そうでは、なくて。

「かぐ……」

違う。彼女はもう、赫映ではない。自分が彼女からその名を奪った。
だったらなんと呼べばいい?

そう自問して、気付く。気付いてしまった。

自分は、彼女の本当の名前を、一度たりとも呼んだことがない。そして、自分もまた、彼女に名前を呼ばれたことがない。
それこそ、たったの、一度、たりとも。
その事実に、今更気付く。
同時に込み上げてくる絶望から目を逸らして、馬鹿みたいに必死に考え手繰り寄せる。
そうだ、思い出せ。彼女の、名前は。
赫映ではなく、本当の、彼女の、名前は。


「――――――――――雛菊!」


春に楚々と咲く花の名前を、ようやく叫ぶ。
彼女は、赫映という名にかき消されていた本来の名前に、そっと甘く目を細めた。

「ああ、その名前。なんて懐かしいのかしら。わたくしが本当に“雛菊”になるだなんて、これも運命なのでしょうか。ねえ――――×××?」

自身に言い聞かせるように呟いた彼女は、そうして最後に、噛み締めるように短い単語を口にした。
玉牆内国の公用語ではない、外つ国の響きのその言葉。
そこに宿る甘さ。そこにはらむ熱。言葉が解らなくとも解る。
それは間違いなく、愛しい男の名前を呼ぶ響き。

「――――ッ!」

 

気付けば腰にさげていた刀を抜き放っていた。
怯えながらすり寄っていた女を突き飛ばし、地を蹴って雛菊の元に走る。
だが。

――無粋な男め。

春霖の刀が雛菊を貫くよりも先に、炎の獅子が彼女を背に乗せてさらう。
そのまま窓から空へと飛び出す寸前、雛菊はいつかと同じように、困ったように笑って、それからそっと目を伏せた。

「……ごきげんよう、春霖様」

さようなら、とは言われなかった。
けれど、その言葉が最後になるのだと、否が応でも気付かざるを得なかった。
だからこそ、それでもなおと手を伸ばす。

「っ雛菊! 行くな! 行かないでくれ!」

血を吐くような叫びはもう届かない。
娘を乗せた炎獅子は、そのまま宙を駆けて遠ざかっていく。
声も、手も、何もかも、もう、何も、届かない。
いいや、違う。届いていたものなど何もない。
はじめから、何一つ、届いていなかったのだ。

「あっ、ああああああああああああああ!」

もし、も。一度、でも。
『彼女』の、名前を。
赫映ではなく、雛菊と、呼んでいたのなら。
そうすれば彼女は、自分のことを見てくれたのだろうか。
月になど帰らず、想う男の元へなど走らず、自分の隣で穏やかに微笑んでいてくれたのだろうか。
いくら自問しても答えは出ない。
遅すぎる後悔は、血反吐のような味がした。

***


【あとがき】

何もせずとも何もかも手に入ると思っていた傲慢な男がいざという時に何もかも失ってからしか気付けなかったものがあるという話は何度でも読みたいものですね。
こちらの作品の『赫映=雛菊』について「おや?」と思われた方はおそらく正解です。某作品に最後までお付き合いくださってありがとうございます。
最初はもう少しマイルドな話になるはずだったのですが思いのほかなんというか残酷な話になってしまった気がしますがそれも味ということで楽しんでいただけましたら幸いです。

***

【ごあいさつ】

8周年ありがとうございます!
これからも精進してまいります。よければお付き合いくださいませ。

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