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前向き駐車にご協力下さい

昔、大学時代のサークルの仲間達のドライブに乗せてもらった時の話だ。
結構前のことなので具体的なメンツは思い出せないのだけれど、先輩と同期が入り混じった男四人で、特に目的もなく、計画性も何もないドライブだった。
そんな最中、喉が渇いたとか、そういった理由でコンビニに寄ることになった。
コンビニを見つけ、駐車場に入る私達。
すると、そこに「前向き駐車にご協力下さい」と書かれた看板が建てられていた。

同車している誰かがその看板に気付き、「前向き駐車だって」と言った。運転している先輩がそれに倣って車を停めたのだけど、その時、もう一人の先輩がこう言った。

「ここの駐車場は、後ろ向きな人は停められないんですね」と。

一応補足しておくと、「前向き駐車」というのは、車の頭から駐車してね、という意味であり、決してドライバーの心持ちによって駐車の是非が問われるものじゃあない。
先輩の言葉は、単純に言葉遊びの類だ。
冗談だと言うことはみんな分かっていたから、「後ろ向きな奴は今すぐ降りろ」とか「ネガティブな奴が停まったらどんなペナルティが与えられるんだろうか」だとか、悪ノリを重ねて話をどんどん盛って楽しんだ。みんなゲラゲラ笑いながらも、自分は結構、ハッとしたというか、虚を突かれた思いをしていた。

こうして言葉に起こしてしまうと面白味には欠けるけど、個人的には結構笑えたし、前向き駐車という言葉から、人間の考え方である「前向き」と「後ろ向き」とを結びつける感性に、「なるほど、そういう考え方は面白いなぁ」と思ったのだ。

自分が創作をする上で心掛けていることはいくつかあるけど、その中で「一つのものを、出来るだけ色んな角度から切り取って、新しい見方や新しい解釈を表現する」というものがある。
今回、先輩が言った言葉は、個人的には正にそのものズバリで、自分の中に新しい物の見方が増えた気がして、とてもワクワクしたのを覚えている。

見方を一つ変えるだけで、今の現状を突破する切り口が見えたり、少し気持ちが楽になることがある。
これまでは「もう無理!」としか映らなかったものでも、ちょっと視点を変えたり、考え方を遊ばせてみたりすることで、自分自身の認識が変わったりすることってあると思う。
少なくとも自分は、先輩の言葉でだいぶ心が救われた部分がある。
と、言うのも、その時は(いや、今もだけど)仕事関係で結構思い悩むことが多くて、日々鬱々と過ごしていた時でして。
でも不思議なもので、そういう塞ぎ込んでいる時って自分から積極的に気持ちを切り替えようとはしない。切り替えようとする気力も失われているというか。
自分にのし掛かる重力が増したかのように、嫌な気持ちの中に囚われて動けない。
先輩達からドライブに誘われた時も、正直そんなに気が乗らない部分もあった。
けど、先輩からの思いもよらない言葉に笑い、少し心が軽くなった。

後ろ向きの人は停められないのか。じゃあ、今の俺は停められないかも。
ペナルティはどういうものがあるのだろう。
強面な店員が突如として現れ、闘魂注入と称してビンタを喰らうとか。
めちゃくちゃしんどそうだな。というか警察に通報だ通報。
みたいな。

直接的な悩みが解決した訳じゃない。
けど、そんなくだらないことを考えている内に、重りが少し外れたような気分になったのは事実だ。
何というか、くだらない想像が心の中に入ってきて、狭まっていた心の空間を、少しだけ広げてくれたような。

当時も思っていたけど、今になって強く思うのは、自分の創作も、そういうものでありたいなぁ、と。
自分の創ったものに触れてくれた人の心を、少しだけ広く出来るような。
「気休め」と言い換えてもいい。
何か辛いこと、嫌なことに対して取り組まざるを得ない時。そんな時に、少しでも気持ちを誤魔化せるようなもの。
一瞬でもいい。
刹那的なもので全然構わない。
だけど、その瞬間だけは、心が少しだけ広がるような。
自分に取り巻く重力なんか忘れて、一瞬だけ浮いてしまうような。
そんなお話を目指したい。
僅かでも、広がった小さな空間があることで心は救われるし、重力から掬ってくれるってことを、実体験を通して知っている。
だから、自分がそうだったように、誰かにとっての気休めになれるような物を創れるようになりてぇなぁ。なんつって。

……と、何だか小っ恥ずかしいことをつらつらと書いてきたけど、どうしてそんなことを書いたかというと、ここ最近、先輩達と一緒に立ち寄ったそのコンビニに行く機会があったから。
面白かったのが、そのコンビニ、かなり儲かっているらしく、駐車場のスペースが昔と比べて格段に広がっていて。
前向き駐車の協力が不要になるくらいの広さがあって、実際、協力をお願いする看板は撤去されていた。
「そうか。今なら、気持ちが後ろ向きでも停めさせてもらえるんだなぁ」と、クッソくだらないオチをつけた所で、この話は終わり!です!!


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