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第59回 年末の出来事

寛弘5(1008)年11月17日、一条院へ中宮彰子の還啓のお土産として『源氏の物語』十七帖を持参した後、香子は労をねぎらわれ、実家の堤邸に帰りました。
亡き夫宣孝と似て大柄になっていく10歳の娘賢子との時間を大切にしながら。でも「もう当分物語は書かないわ」と周囲に言っていました。

12月29日、香子は一条院に出仕しました。思えば3年前、東三条院でしたが初出仕したのも同じ日でした。
同部屋の仲の良い小少将の君も不在で、香子は一人空しい歌を詠みました。
「年暮れて わがよふけゆく風の音に こころのうちのすさまじきかな」
年が明ければいよいよ四十路。初老の始まりです。

翌日30日が大晦日でした。追儺(ついな:今の豆まき)も終わって、さあ寝ようという時、
「大変、賊が入りました!」と騒ぐ声が聞えます。
香子はしばらく驚いて腰が抜けていましたが、
「左衛門の尉(じょう)-弟・惟規の事ーを呼んで下さい!」
内裏に居る筈の弟に手柄をたてさせようと思ったのでした。すると
「先ほどお帰りになったそうです」との事。
「もう。役に立たないわ」
香子は嘆息しました。

結局、賊は逃げ、中宮・若宮は無事でした。それが一番大事な事です。そして途中香子はえらいものを見てしまいました。
二人の若い女房が服を全部取られ、裸で震えていたのです。それを警備の男たちが全く配慮せず松明で余計に露わにしていたのでした。
早速、日記に書きました。

香子が弟惟規と関係がいまいちだったのは、惟規の恋人が斎院(選子内親王)に仕える大江の女(後の和泉式部の姪)だったのもあります。
惟規は恋人からの手紙を堤邸でわざと香子の目につく所に置きました。
読んでみると、中宮方の悪口が書いてあります。
「何と言っても風雅と言えば斎院が一番。中宮方は何か野暮ったいわ」
読んでいく内に香子はめらめらと怒りが湧いてきました。

「中宮方が野暮ったいと書いてあるけれど、こちらは中宮様のお世話、若宮様のお世話、ひっきりなしに来る殿上人(てんじょうびと)との応対・・・忙しいのですよ。暇な斎院のように優雅には暮らせないわ!」
しかし途中で、惟規がわざと香子に読ませた気がしたのでした。

こうしてこの年は終わり、翌年今度は、和泉式部との対決が待っていたのでした。

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