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第54回 「すきもの」の歌

4月、懐妊の分かった中宮彰子の一行は土御門殿に行啓しました。
懐妊を待ちわびていた道長、倫子の喜びようは一入(ひとしお)でした。
「式部殿、そなたのお陰じゃ。そなたが来てくれて中宮はご懐妊したのじゃ」
「勿体なきお言葉にございます」
けれど香子への道長の余りの褒め言葉は、傍らにいる倫子に怪訝な表情をさせました。
5月の末、香子が中宮の御前にいる時、道長は入ってきて、『源氏の物語』を手に取り、季節の梅の下にしかれていた紙にこんな歌を書きました。
「すきものと名にしたてれば見る人の をらで過ぐるはあらじと思ふ」
ー浮気者という評判が立っているので、そなたを見る人で口説かずにすます人はいないだろうね。
すきものー香子を好色な者といい、また梅の実が酸っぱいという事を掛けた歌でした。しかし中宮の御前で好き者と言われては香子の立場がありません。香子は即座に、
「人にまだをられぬものを誰かこのすきものぞとは口ならしけむ まざましう」-人にまだ口説かれたこともありませんのに、誰か浮気者という評判をたてたのでしょうか。心外ですわーという歌を返しました。
道長も中宮彰子もこの清少納言ばりの機智に笑ったのでした。(続く)

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