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第55回 「菊の着せ綿」事件

香子が中宮彰子に付き従って土御門殿に来た翌日の7月17日、勅使として弟の蔵人・惟規(のぶのり)が土御門殿にお祝いにやってきました。
道長は宴を開き、惟規にどんどん酒を持って来させ、惟規は泥酔していきます。
それを陰から見ていた香子は心配になって「惟規、惟規」と小声で注意しますが、惟規は構わず呑み続け、ついに立ち上がれず寝込んでしまいました。
別室に連れて行かれた惟規を香子は叱咤しますが、惟規は逆に
「愚弟で申し訳ありませぬ。偉大な姉上に迷惑をかけて」と開き直ります。
子供の頃からコンプレックスを感じていたのでしょう。父までが香子を
「この子が男だったら」と残念がっていましたので。

傷心の香子に道長は優しくした筈です。この頃また関係ができていたのでしょうか?前回の梅の実を題にした歌も意味深でしたし。

そして彰子の出産も間近に迫った9月9日、香子の局に兵部のおもとという女房が北の方様(倫子)から「菊の着せ綿」が届きます。すぐ近くまで直接持ってきた様です。菊の着せ綿というのは菊に一晩綿を掛けて翌日それを顔などにつけて拭うと長寿になるというものです。香子は幼い頃、祖母から祖父雅正が老いた伊勢の御に差し上げて喜ばれたという話を思い出しました。

解説書では、名誉な事と紹介しているのも多いのですが、萩谷 朴先生の解釈が面白いので紹介します。
香子は、着せ綿は老人に贈るもので、更に長寿をとの事です。香子に贈ってきたという事は、香子を老女と見なしているという事です。香子は39歳で確かに若くはないですが、これは最近、夫道長と仲が良すぎるので「あんた、いい加減にしなさいよ!」という嫌みと香子は察しました。
しかしよく考えれば、倫子の方が6歳上です。香子は兵部のおもとに、
「待って下さい。これは少し拭って、北の方様にお返ししたいと思います」そして「菊のつゆ わかゆばかりに袖ぬれて 先のあるじに千代はゆずらむ」-これで老いを拭わなければならないのはむしろ貴女の方よ!

歌と共に着せ綿を、兵部のおもとに預けると、しばらくしておもとは戻ってきて、「北の方様あもうお帰りになりました」との事。
「何て逃げ足が早いんだろう!」と香子は思いました。

この辺りは拙著にも書いてありますので、熟女同士のバチバチとした神経戦をお楽しみ下さい!

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