高齢者のベンゾジアゼピンは悪か?

〔漫然と使用される背景〕

高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬剤の効果は24研究のメタ分析で、総睡眠時間25.2分[95%信頼区間12.8~37.8]延長、夜間覚醒、平均0.63回[95%信頼区間0.48~0.77]減少と報告されている。しかし、当然ながら有害事象は多い。同メタ分析では記憶障害4.78 倍[95%信頼区間1.47~15.47]、日中の倦怠感3.82 倍[ 95%信頼区間1.88~7.80]という結果であった。〔BMJ. 2005 Nov 19;331(7526):1169. PMID: 16284208〕

ベンゾジアゼピン系薬剤の有害事象報告は多いが実は高齢者に限定した研究は少なく、その程度もあいまいである。割と明確なのは転倒・骨折リスクや認知症リスクだ。しかしそのリスクはハザード比やオッズ比で1.5倍前後。もちろんリスクを軽視するわけではないが、なにか著明なリスク上昇とは言えない印象もある。死亡リスクなどについても明確なことは示されていない。詳細情報は以下の文献等を参照してほしい。

▶認知症

〔BMJ. 2012 PMID: 23045258〕〔BMJ. 2014 PMID: 25208536〕〔PLoS One. 2015 PMID: 26016483〕

▶転倒・骨折

〔Pharmacoepidemiol Drug Saf. 2010.PMID: 20931664〕〔Osteoporos Int. 2014 Jan;25(1):105-20PMID: 24013517〕〔Arch Intern Med. 2009 PMID:19933955〕

▶死亡

〔BMC Med. 2013.PMID: 24070457〕

つまり、高齢者におけるベンゾジアゼピン系薬剤のリスクはいまいち不鮮明だ。夜間覚醒が減る(減ると言っても1回も減らないが…)ことは何か転倒リスクすら減る印象もある。ただ、先のメタ分析で注意が必要なのは、あくまで短期的な効果と言うことだ。解析された元論文は5日から9週の追跡となっており、3か月を超えるような研究は解析されていない。短期的な実効性が、患者の薬剤効果に対する過度な期待をもたらし、同時に薬剤中止に対する恐怖を立ち上げる。これは潜在的に不適切な薬剤使用を中止する歳、その障害となるファクターにも挙げられている。〔Drugs Aging. 2013 PMID: 23912674〕

そもそも加齢そのものがベンゾジアゼピン漫然使用の独立したリスクファクターであるという。〔J Am Geriatr Soc. 2000 PMID: 10894322〕また米国ではベンゾジアゼピンに対する副作用について正しい説明がなされていない実態が指摘されている。〔J Gen Intern Med. 2007 PMID: 17356959〕

高齢者の抑うつ傾向も決して珍しいものではない。そして抗うつ薬には睡眠障害に対して一定の効果が示されている。〔J Gen Intern Med. 2007.PMID: 17619935〕もちろん抗うつ薬そのものの有害事象リスクも存在するわけだが、安易にベンゾジアゼピンを投与して対症的に治療するよりかは良いのかもしれない。ただ、すべての患者において、投与された抗うつ薬でうまく症状が改善するわけではない。そこにベンゾジアゼピン系薬剤が上乗せされる可能性は決して低くないだろう。この場合、やはり短期的な効果が示されている。

うつ病に対する抗うつ薬とベンゾジアゼピンの併用は、抗うつ治療からの脱落が少なく(相対危険0.63〔95% 信頼区間0.49~0.81〕)さらに1週目、4週目のうつ症状を改善する。(1週:相対危険1.63〔95%信頼区間1.18~2.27〕、4週:相対危険1.38〔95%信頼区間1.15~1.66〕)しかしながら、こちらも短期的な効果に過ぎない。うつ症状に関して、6週目で明確な差を認めない。〔Cochrane Database Syst Rev. 2002;(1):CD001026. PMID: 11869584〕

ベンゾジアゼピンの漫然投与については、おおよそこのような要素で構造化されるのではないだろうか。

〔常用量依存とベンゾジアゼピンからの離脱〕

ベンゾジアゼピン系薬剤の錠用量依存に関しては患者個別に様々なケースが想定できるが、古典的には8か月以上の漫然使用で退薬症状が43%と報告されており、これをもってして8か月以上の投与は常用量依存形成のリスクとすることが多い。〔JAMA. 1983.PMID: 6348314〕投与期間だけでなく、投与量や連日投与という仕方などもリスクファクターとして示唆されている。〔臨床薬理. 1996;27(2):465-46〕

離脱戦略には漸減、代替え、教育的介入、認知行動療法などがある。ランダム化比較試験も複数報告されているが、漸減+教育的介入で、ベンゾジアゼピンからの離脱は、通常ケアに比べて3倍~8倍多い。〔JAMA Intern Med. 2014 PMID: 24733354〕〔Br J Psychiatry. 2014 PMID: 24526745〕

漸減方法にも様々なパターンがあるが、2~4週ごとに10~25%ずつ減量する方法が良く用いられている印象である。教育的介入についてはやはりリスクの具体的な説明だろう。冒頭述べた有害事象リスや依存について、そのような説明が適切になされていない実態が本邦でも確かに存在するのではないか。

しかし、ベンゾジアゼピン系薬剤を中止することが必ずしも患者に幸福をもたらすかどうかは分からない。肺癌のリスクを十分に承知のうえで、喫煙がやめられないように、ベンゾジアゼピン系薬剤のリスクをいくら知ったとしても、その服用をやめることができないという事はあるだろう。人が何に関心があり、何に価値を見出しているのか、それは医学的正しさとは別問題である。良く寝つけること、そこに大きな価値を見出しているのであれば、たとえベンゾジアゼピンの長期的な効果が不明で、有害事象リスクの懸念があるにせよ、その患者にとって、ベンゾジアゼピンの漫然使用は決してネガティブな意味を持たない。それを公的な医療財源で賄うことが正しいかどうかは議論の余地があるかもしれない。確かにタバコは自費であり、さらに税金まで払っているわけだから。しかしながら、薬を飲むよう、そのきっかけを与えたのは、僕たち医療者ではなかったか?

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