ポストコロナ、あるいはアフターコロナ

 新型コロナウイルスを「新コロ」などと略すのは、なんとなく違和を覚えるし、あまり好きになれない。ただ、語呂が良いのもよく分かるし、このウイルスをSARS-CoV-2なんて呼ぶのは、ややハードルが高い気もするので、コロナくらいにしておこうと思う。

 さて、連日報道されているように、目に見えない小さなウイルスの存在が、この国にある種のパニックをもたらしている。ドラックストアやスーパーマーケットからティッシュ、トイレットペーパーなどの紙製品が消えている光景は異様だ。紙製品の供給不足はデマ情報であり、それがデマだと皆が知っていても、このような現象が観察されていることは示唆に富む。情報が正しいか正しくないかは大きな問題ではない。

 情報の正しさという観点からすれば、今回の新型コロナウイルスに関するマスメディアの報道内容をめぐり、様々な議論がなされている。小学生くらいの頃、「新聞を読め、ニュースを見ろ、でないと世の中で何が起きているのか、分からないままだぞ」なんて言われた経験があるけれども、世の中ではいったい何が起きているのだろうか。結局のところ、世の中で起きているのはマスメディアの情報に振り回された「混乱」や「不安」でしかない。

 こんな時代だからこそ、情報との適切な距離感は必要だし、マスメディアに頼らず、個人で情報を検索し、内容を吟味できる能力は重要だと考えている。新型コロナウイルス感染症をめぐる社会現象は、いずれ収束していくだろう(感染症の流行が持続しているかどうかは別として)。そして、ポストコロナ、あるいはアフターコロナにおいて、僕たちは情報との向き合い方を根底的にかえていかねばならない地点に立っている気がしている。宣伝になってしまうが、医療・健康情報との向き合い方、また質の高い医療情報収集のために、どんなことを知っておけばよいのか、以下の書籍にまとめてある。ご活用いただけれたのなら嬉しい。

 情報も言葉や数値で記述される限り、絵画や写真のような表現の一種であり、コンテンツ作成者の関心に応じてデフォルメされる。デジタル写真を編集ソフトで加工していくように、情報の加工していくのがメディアの仕事である。情報の妥当性とはいうが、つまるところ表現における倫理の問題だと思っている。情報に振り回されないために知っておきたいことについて、ウェブマガジン「地域医療ジャーナル」に記事を投稿させていただいた。

 感染拡大を防ぐために、全国の小中高学校が休校になったり、テレワークの推進など、この数週間で事態は大きく変化した。いまだかつて経験したことのない急速な社会変容を、僕たちはリアルタイムで生きている。こうした変化に対して、いくらかの示唆を取り出しておくことは、今後のビジョンの助けになるかもしれない。

 ズーム・ビデオ・コミュニケーションズの株価が上がっているとか、そういうことも大事だけれども、僕は情報コンテンツを含めオンラインで発信、あるいは受信するタスクの価値ということについて考えている。テレワークや学校の一斉休校はオンラインで大部分のタスクをこなせてしまうということへの気づきを促すだろう。このことはまた、ポストコロナ時代における情報メディアのスタンダードになりえる。情報コンテンツの共有プロセスが、オフラインではなくオンライン上でなされていくこのカタチは、とりわけ、教育分野を中心に、より洗練されていくかもしれない。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?