ひきこもり : 多次元的な理解・評価と今後の国際的な視点

【出典】Takahiro A Kato, et al : Hikikomori : Multidimensional Understanding, Assessment, and Future International Perspectives. Psychiatry Clin Neurosci. 2019 Aug;73(8):427-440. PMID: 31148350 (一部翻訳)

【引きこもりの概要】
 日本語の「ひきこもり」という言葉は、日本社会では古くから「ひきこもる」という動詞の形で広く使われてきた。「ひきこもる」は、「ひく」と「こもる」の2つの文字を組み合わせた複合動詞である。日本には集団主義が根強く、集団が形成されやすいが、集団を離れて孤立してしまった場合、「引きこもってしまったあの人!」と表現される(ひきこもるの過去形)。

 このように、学校や職場などの集団から何日も何週間も何ヶ月も引きこもって、一日の大半を家の中で過ごす人のことを日本では「ひきこもり」と呼んでいる。ヒキコモリが名詞として広く使われるようになったのは、1990年代後半、日本の精神科医である斎藤 環 氏が『社会的ひきこもり 終わらない思春期』を出版したことがきっかけである。

 斎藤は、ヒキコモリを「6ヶ月以上学校や仕事に行かなくなった人」と暫定的に定義したが、そののち一般的な引きこもりの定義として定着した。当初は日本独自の現象として捉えられていたが、最近では世界各国で同様の事例が報告され、国際的なメディアでも大きく報道されるようになった。

 2010年、オックスフォード辞書は、純粋な日本語の文脈の外でその存在と受容を意味する言葉「hikikomori」の新しいエントリを発表した。

オックスフォード辞書の定義は次のとおり。

(日本では)思春期の男性に典型的に見られる社会的接触の異常な回避である。

 これまでひきこもりは、日本に固有の文化に縛られた症候群として議論されていたが、今、条件がはるかにグローバルであり、おそらくより良い "現代社会に縛られた症候群 "として理解されると考えている。ひきこもりは、本人のメンタルヘルスのみならず、人口レベルの教育や労働力の安定にも悪影響を及ぼすため、日本の医療・福祉・労働行政の喫緊の課題となっている。

 本稿では、引きこもりの歴史、定義、診断評価、介入について紹介するとともに、海外における引きこもりの国際的な有病率についても紹介する。また、国内外の研究から引きこもりのグローバル化に関する仮説を提示し、最新の引きこもり評価システムを紹介する。最後に、国際化した引きこもりの解決に向けて、今後の課題を提示する。

【臨床例】
 Aさん:38歳の男性は、高齢の母親と弟の3人暮らし。生まれた時から特に問題があったわけではないが、小学生の時に人気芸人の吃音を真似するようになり、それが癖になってしまった。中学2年の時、小学校からの付き合いだった同級生とはぐれてしまい、新しい同級生からは疎まれるようになった。

 平凡な学生だった彼は、地元の高校に合格。彼は典型的な学生生活を送っており、定期的に友人と交流していた。高校1年の時、父親が急に体調を崩して他界。高校を卒業すると、特にやる気や目標はなかったが、大学に進学する友人たちの後を追って、比較的入りやすい地元の大学に出願し、合格した。

 授業にはほとんど出席せず、友達と遊びに行っていた。2年目の終わりに中退。20歳から30歳までは、カジュアルな店員として働いていた。本人の話によると、この仕事はかなり真面目に働いていたという。辞めた理由は、30歳を過ぎても不安定なアルバイトをしていることに耐えられなかったからだという。辞めた後、正社員の仕事を探し始めたが失敗続きで、ついには自分に自信を失い、就職活動を続けることが難しくなってしまった。就職活動を辞め、この5年間は家に閉じこもり、主に狭い部屋でオンラインゲームをしながら生活していた。

 母親と弟との同居を続けているが、数年前に些細なことで弟と喧嘩をし、それ以来、弟とは口をきいていない。今も深夜までネットゲームをしてダラダラと過ごしている。面と向かって人と接することを避け、社会的に引きこもり続けている。家族や親戚から「早く結婚しなさい」と言われると傷つき、本人も仕事や結婚のことを考えると悩んでいる。

 この一年は特に辛く、落ち込むことが多い。食事と睡眠は十分だが、時間は不規則である。知人が自殺未遂をしており、自分も同じような目に遭うのではないかと心配している。早く「負け犬」としての生活から解放されたいと思っている。ネットで調べた結果、自分は回避性人格障害かもしれないと思うようになった。

 心配していた母親がひきこもり支援センターに相談に来て、何度か相談に乗ってもらった結果、本人も「助けてもらいたい」と思うようになった。サポートセンターの勧めで、大学病院のひきこもり専門外来を受診している。主な不満は 将来のこと(社会的責任を考えると憂鬱になる)、自分に自信がなく何事にも消極的であること、友人との接点が持てず、つながりが持てないこと、などが主訴である。精神科医や臨床心理士による数回のアセスメント面接を経て、週1回の精神力学的グループ心理療法を開始することになった。

【ひきこもり現象と日本の疫学】
 上記は実際のヒキコモリ事例である(守秘義務のため、一部変更している)。日本では、1970年代から1980年代にかけて「不登校」や「登校拒否」と呼ばれていたものが、引きこもり現象の起源となっている。1990年代後半には、斎藤氏の著作によって、これらの事例の多くが「社会的ひきこもり」または「ひきこもり」という言葉で広く認識されるようになった。

 世界保健機関(WHO)が2002年から2006年にかけて日本で実施した15歳から49歳を対象とした疫学調査では、人口の1.2%が6ヶ月以上社会的ひきこもりを経験していることが明らかになった。また、12都市、3,951人を対象とした3つの人口調査のうち、0.9%~3.8%の人がひきこもり経験者であることが明らかになった。2016年に報告された内閣府の調査では、15歳以上39歳未満に限定しても「半年以上社会的引きこもり」が54万人に上ることが明らかになった。上記の疫学データでは、いずれも男性が女性を3:1以上の差で上回っている。

 また、社会的引きこもりが数年から数十年に渡って長期化していることから、高齢化が新たに懸念されている。実際、40歳以上を対象にすることで、引きこもりの有訴者数はさらに増加することになる。2019年には内閣府が40歳以上65歳未満の引きこもりの推計数を61万人と発表した。

 これらの疫学調査は、単純なアンケート調査(1~2問)に基づくものであり、現状をより正確に把握するためには、より正確な定義に基づいた調査が必要であることに留意すべきである。

【引きこもりの定義】
 1998年、齋藤は「ひきこもり」を「ひきこもりが6ヶ月以上続き、30代の後半までに発症し、他の精神疾患ではひきこもりの主症状を説明できない人」と表現した。2003年に厚生労働省が発表した第1次引きこもりガイドラインでは、引きこもりのパラメータが明確に定義されていなかった。この第1次指針では、社会から引きこもる原因として、様々な原因が挙げられていたが、医学的な診断としては提案されていなかった。

 実際には、引きこもりというカテゴリーに当てはまるかもしれない人の中には、様々な病気や状態を持っている人がいる。つまり、特定の人が引きこもりかどうかの議論は、それほど意味のあるものではないと言えるかもしれない。むしろ現実的に心に留めておくことが重要なのは、①ストレスに対する反応として様々な人が「引きこもりの状態」を呈していること、②狭義の精神疾患の有無とは別に、その状態が長期化していること、③引きこもりの一般的な特徴として、個人の詳細な性質や心理状態を理解する前に、何らかの援助を開始する必要がある場合が多いと考えられることである。

 厚生労働省の2010年版評価・支援のためのヒキコモリのガイドライン(斉藤氏主催)では、ヒキコモリの定義を次のように記述している。

 様々な要因により、原則として6ヶ月以上家に閉じこもっている状態が続いている社会参加(義務教育を含む学校教育、アルバイトを含む雇用、その他家庭外での交流)からの引きこもり(これには、他者との交流を避けたまま家庭を離れることも含まれる)一般的にヒキコモリは、統合失調症の陽性・陰性症状からひきこもり状態と区別される非精神病性の現象と考えられているが、確定診断の前に実際に統合失調症を含む可能性が低いわけではないことに注意が必要である。

 このように、ガイドラインでは、引きこもりは統合失調症を一般的には含まない概念であるが、ガイドライン制定前に行われた近藤らの調査によると、精神保健福祉センターに通院する引きこもり状態の患者のDSM-IVに基づく精神科診断では、統合失調症、気分障害、不安障害、パーソナリティ障害、広汎性発達障害などの精神疾患と広く共存していることが明らかになっている。

 引きこもりの定義に精神病を含めるかどうかについては、かなりの議論がある。例えば、後述するように、精神病を主体とした引きこもり、うつ病を主体とした引きこもり、自閉症を主体とした引きこもりでは、異なる治療法を検討することになる。したがって、引きこもりを評価する際には、精神疾患の共存を明らかにすることが重要である。

【ひきこもり -精神疾患などの身体的・社会的状況での引きこもりに似た状態】
 このように、ヒキコモリは様々な精神疾患と共存しているという報告がある。 現時点では、このような精神疾患が症状として引きこもりを引き起こすのか、それとも引きこもり状態が精神疾患を併存させる原因となっているのか、はっきりとした答えは出ておらず、どちらの可能性もある。以下では、ヒキコモリ様症状を含むと考えられる各精神疾患の併存問題について簡単に説明する。

■統合失調症と精神病性障害
 統合失調症の患者では、陽性症状や陰性症状のために、身体的な引きこもり状態に陥ることも珍しくない。「ヤクザに追われている」「近所の人に見張られている」「外から電磁波が入ってくる」などの幻覚や妄想により、外に出るのが怖くなって引きこもりになることも多い。

 「社会的ひきこもり」は統合失調症の典型的な陰性症状であり、非精神病性の引きこもりとの区別が難しい。特に、以前に提案されていた幻覚や妄想が認められない「単純な統合失調症」の場合は、区別が難しい。 2010年ガイドラインでは、統合失調症は原則として引きこもりの定義には含まれないとされていたが、引きこもりの定義に含まれる可能性を排除するものではなく、やや曖昧な定義となっていた。2010年のガイドラインで示されているように、精神病の前段階では身体的離脱が認められることが多く、評価には注意が必要である。ここで、統合失調症を「ひきこもり」の定義に含めるかどうかの議論が必要である。

■うつ病
 うつ病では、気分の落ち込み以外に、意欲や活動性の低下(無気力症)が主な症状であり、引きこもりのような結果を呈することがある。双極性障害のうつ病期にも、同様のヒキコモリ様行動が観察される。

■社会不安障害などの不安関連疾患
 社会的相互作用における不安が引きこもりを引き起こす可能性があり、社会不安障害は引きこもり患者の中で高い併存精神疾患である。日本では、対人恐怖症[他者に対する強い恐怖を伴う障害]は、患者が対人関係、特に対面での相互作用に対する恐怖を経験する日本の文化的拘束性症候群として長い間同定されており、文化的拘束性症候群のDSM-IV-TRの付録に含まれている。

 興味深いことに、対人恐怖症と引きこもりの間には、いくつかの共通点が存在する。対人恐怖症は同じ若年層に多く見られ、男性に多く見られる。入院治療を受けた連続した対人恐怖症患者を対象とした一連の症例研究では、約3割の患者が「引きこもりのサブタイプ」に当てはまることが明らかになっている。

 対人恐怖症の核心的特徴は、気まずい社会的交流や、体臭、赤面、目と目の接触などの身体的欠陥を認識することで、他人を傷つけたり、攻撃したりすることへの恐怖であるが、典型的な引きこもりの症例では、そのような特徴は明らかに表れていない。

■パーソナリティ障害
 DSM-IV第2軸人格障害の構造化臨床面接法(SCID-II)に基づく小規模調査では、回避性人格障害、被害妄想性人格障害、依存性人格障害、分裂病性人格障害、反社会性人格障害、境界性人格障害、自己愛性人格障害、分裂病性人格障害が引きこもりに関連している可能性があるとされていた。最近の臨床経験から、回避性パーソナリティ障害はパーソナリティ障害の中で最も頻度が高いようだ。

■心的外傷後ストレス障害とトラウマ関連障害
 日本のひきこもり被害者、特にひきこもり初期に不登校や不登校を経験した人は、いじめというトラウマを抱えていることが多い。いじめ自体は心的外傷後ストレス障害(PTSD)の診断基準には当てはまらないかもしれないが、仲間からの直接的な身体的暴力に加え、無視されたり、追い出されたりといった間接的な暴力(典型的な「いじめ」)が、多くの場合、「ひきこもり」のきっかけとなっている。

■自閉症スペクトラム障害
 引きこもりと自閉症スペクトラム障害(ASD)との併存が最近示唆されている。自閉症という言葉を構成する文字の意味は、ヒキコモリという言葉と非常によく似ている。自閉症スペクトラム障害(ASD)に似た傾向があり、他人の気持ちを察知することができず、社会的不適応に陥ることが多いこと、前述のいじめを受けやすいこと、「居場所」を失ってしまうことなどから、「自閉症」になるケースが多い。

■その他の精神疾患・神経発達障害
 引きこもりと他の精神疾患や知的発達障害などの神経発達障害との併存性が認められている。

■適応障害
 ひきこもり状態の人の中には、精神疾患と診断されない人もおり、そのような人はDSM-5に基づいて適応障害と呼ばれることがある。

■自殺
 自殺は、おそらく様々な精神疾患で見られる最も思い切った行動である。疫学的データがないにもかかわらず、引きこもりの自殺例は数多く報告されている。引きこもりと自殺の関係はまだ十分に解明されていないが、引きこもりという行為は自殺の前兆症状とも考えられる。現実世界から逃避したいという行為は、自殺にも引きこもりにも共通しているのではないかと提案する。ひきこもりは自殺の代替行動である可能性がある。

 興味深いことに、日本の居住者5000人(15~39歳)を対象とした若者の意識調査のデータを用いた最近の二次分析研究では、引きこもり状態が自殺の危険因子の一つであることが示唆されている。この視点に焦点を当てた更なる調査が必要である。

■体調不良による引きこもり
 身体的に歩くことができない、あるいは体を動かすことができないほどの肉体的な疲労や痛みが強い場合には、引きこもりのような状態になることがある。また、当院の臨床観察から、皮膚炎(特にアトピー性皮膚炎)、極度の発疹(じんま疹)、その他顔面の皮膚症状が強い皮膚疾患の場合には、社会的な関係を避け、引きこもり様の状態に陥ることがある。また、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、クローン病などの消化器疾患も併存疾患の可能性が示唆されている。

【引きこもりー社会的地位によるコンディション】
 日本では、社会的な交流を断ち切ることは、天職や特定の生き方として捉えられることがある。その例としては、日本の歴史の中で神秘的な存在であった隠遁者や仙人が挙げられる。また、芸術家の中には、創作活動の過程で社会を避けてきた人もいるが、それらを病的な引きこもりと呼ぶことはできない。

 日本社会では、成人した娘で、外の仕事を持たずに親と暮らしているものを「家事手伝い」と呼んでいる。家事手伝いや主婦の中には、家族以外の人との交流がなく、引きこもりのような状態になっている人もいる。そのような女性は、強い孤独感を持っているのではないかと考えられる。一方、日本では高齢者の孤独死が大きな社会問題となっている。

 このような場合、独身の高齢者は、パートナーの死後、社会的な交流を持たずに一人で生活し、最終的には何日も、何週間も、何ヶ月間も、何も知らないまま、自らの意思で逝ってしまう。少なくとも死の数ヶ月前には、引きこもりのような状態になっていたのではないかと推測される。

【引きこもり条件の多次元モデル】
 ここまでで、引きこもりやに似た状態を引き起こす精神的・社会的基盤について概説してきました。実際には、引きこもり患者の多くは様々な精神症状・徴候を呈しており、多面的な評価を行うことが重要である。現在の精神科領域におけるヒキコモリの概念を図1に提案する。

 明確な精神疾患の診断がなくても、多くの引きこもり患者は「グレーゾーン」に陥っており、正式な精神疾患の診断がないからといって、精神的な苦痛(苦悩)がないわけではないと考えており、何よりもその苦痛を十分に考慮する必要があると考えられる。

画像1

図1:精神科における引きこもりの位置。生体-精神-社会-文化モデル。IT(情報技術)、PTSD(心的外傷後ストレス障害)。

 一方で、引きこもりは「引きこもりの状態」の中に存在するストレスに対する反応として捉えることができ、狭義の精神疾患の有無とは切り離されているのではないかと考えられている。また、引きこもりの中には、社会的状況や社会的判断を伴うストレス状況に対する回避戦略に似た、ある種の対処戦略である可能性もある。その意味では、これらのタイプの引きこもりは、それ自体が障害ではないかもしれない。

 しかし、同時に、その状態が長引くことで、やがては障害へと変化してしまうこともある。 このように、引きこもり現象を単純にそれ自体が障害であるとか、自閉症のように他の障害の症状として扱うのではなく、現象の本質をある程度明らかにすることができるのではないかと考えられる。

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