引っ越し

昼過ぎまで降り続いた春の冷たい雨に散った桜の花びらで、白く見える川沿いの遊歩道を、僕は足速に家を目指している。
午後5時をまわり、引越し業者さんとの約束の時間を少しオーバーしている。少し汗ばんだ僕は、部屋の中へ入って上着を脱いだ。
荷物も何もない、がらんとした部屋で、佇むとすぐに思考が働く。
「夜になると、暗いけー作業が大変じゃねーか?」
とか
「ほんに荷物は、全部入るんじゃろか? 寝るスペースあるんじゃろか?」
思考は、脳の大量なリソースを使って、勝手に心配してくれる。たいていの場合、こういう心配は、的外れだったりする。
だけど、今回はどうだろう?
やっぱ、暗くなってきて、何も手元にないってなってくると、心配になる。
心配で心配になった僕は、引っ越し業者さんに電話をすることにした。
スマホの履歴から、それらしい番号を選んで画面を押す。(どーでもいいことだが、僕はすぐにモノを無くすので、スマホにも、あまり個人情報を入れないようにしている)
「もしもし」
「もしもし」
「今日これから、荷物を入れて頂く、ワダッソ住人ですが、作業は……?」
「申し訳ありません。今朝の雨で作業が大幅に遅れてまして。少なくとも、午後8時は回ると思います。」
僕は「そうか、雨だと大変だわな。でも、じゃーどうなる……?」と思考を巡らす。
僕は
「わかりました。雨って大変ですね。もし、すげー遅くなるようなら、明日にするのはどうでしょう。騒音もあるし」
と言うと、電話口から
「お気遣いありがとうございます。ただ、明日はもっと予定が入ってるので、今日お願いします。」
とのこと。なるほど。ピークは過ぎたとはいえ、まだ4月。立て込んでいるんじゃと理解して、電話を切った。
「さて、作業が始まるまで、2時間近くあるぞ。じゃ住民票とか取りに行ったりすっかー」
脳内でヒトリゴトをつぶやいて、リュックを背負い、玄関を出た。
夜の入り口の時間を、靴の裏に散った桜の花びらがくっつき離れるのを感じながら最寄り駅まで歩いた。電車で二駅のところに、遅くまでやっている市の窓口がある。その窓口で、待つともなく住民票をもらい、ついでに明日からの通勤に使うバスの定期も買って、また来た道を折り返し帰っていると、夜はとっぷりと暮れた8時少し前、家に近づくとトラックの気配があった。
僕を目ざとく見つけた業者さん。
「今から始めてよろしいでしょうか」と元気な声。
「さすがプロ!」と感心した僕は、
「どうぞ、よろしくお願いします」と、元気に返した。

ここから、怒涛の1時間きかっりで全ての荷物を下ろし、部屋の電気もセットして帰って行かれた。
さっきまでの喧騒は去り、荷物に囲まれた僕。荷物が入るから心配していたけど、1/3ほどのスペースは開いているので、寝るには十分だ。
近所のスーパーで晩御飯(一応引っ越し祝いに寿司)を買い込んで、祝い酒を頂いて、毛布にくるまり寝た。

僕は、こうして「ワダッソ」住人になった。





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