ワダッソ

「公園、見えますでしょ」
と言って、窓を開けて、さっと体を引いた。
窓枠の向こう側には、木々に囲まれた公園が見える。
「土日には、お子さんでいっぱいになるんですよー」
と説明を続けるのは、不動産屋の担当者だ。
「でもですね、先ほども言いましたとおり、お隣さんがですね……うるさいんです」
と、部屋の中へ視線を移した僕の横顔へ説明を続ける。
僕は、確かにいい感じを受けるのだけど、
若干の圧迫感を受けるのが気になる。
僕は軽く「なるほど」って応えて、次の物件を促した。
5分ほど車を走らせて着いた物件は、敷居がやけに高い。西陽がさす部屋の中からは、哀愁が漂う。僕は、この感覚が苦手だ。何故かは、はっきりわからないけども。
だから、「ふーん」と言うくらいで、その部屋を出た。
部屋を出た後、外からその物件全体を見て、さらに強い哀愁を感じてしまった。
言葉にできない何かに自分自身が反応している。それは多分僕自身も自分の内側に持っている何か、なんだろう。

ハンドルを握る担当者の女性が、
「いよいよ、ラストですね。」
と、雰囲気を作ろうとしてくれている。
僕は、「そうですねー」と話を合わせながら、平静を装っている。
車は、狭い路地のどんつきで停まった。
目の前には、桜並木。その手前に、昭和感しか存在しないアパートがある。
「やっぱりここだ。」
と心のなかで僕はつぶやいた。
ノスタルジーに浸りながら、コツコツと鉄骨むき出しの階段を登って行き、ドアを開けて、部屋の中へ入る。部屋には、三方に窓があり、明るく開放的だ。風呂は極少で、トイレが玄関の真横でドアが重なるような造りだったりと、ヘンテコ部分もある。そこも含めて「いい」と思える。

3日後、僕は不動産屋に電話して「ここに決めます」と伝えた。
これから、小さな川沿いに桜並木が美しい、少し古風な部屋に僕は住む。

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