熱帯夜のおじさん、ミディアムレア
その夜、おじさんは青々と茂る植物の中、燃えるように輝く太陽の下、まっすぐと立っていた。
熱は、中まで通っている。今のおじさんは、ミディアムレアだった。
扇のように大きな緑の葉。その間から、よだれを垂らした豹がおじさんを見ている。そう、彼からしたらおじさんはご馳走だ。
しかし、豹は一歩を踏み出すことができない。
おじさんが怖いから?おじさんが、アツアツだから?
どれも違う。
おじさんの両肩には、とげとげのヤマアラシが二体、乗っていた。
とげとげを全方向に向けて、世紀末の肩パットみたいに、おじさんの肩に鎮座していた。
それだけではない。
頭には、オオワシが、大きな大きな鯛を咥えて留まっている。
鋭い瞳は、獲物の大きさなど関係ないというように、冷静で苛烈な、強者の光を帯びていた。
ちなみにおじさんは、下半身がちっちゃいモーターカーだ。
とても速く走れる。そこも豹の懸念点ではあった。
しかし、豹が足を竦ませたのは、おじさんが強い動物を連れているからでも、下半身がモーターカーだからでもない。
その両手に抱く、小さい小さいうさぎの赤ちゃん。
おじさんは、命を抱いていた。
片手には、哺乳瓶を持っていた。
おじさんはこの熱帯夜に、猛獣に睨まれて、中までじっくりステーキになりかけながらも、それでもなお、命を育んでいる。
その慈愛の輝きに、豹は足を止めたのだ。
その時、一人の画家が通りかかる。
画家は確かに、おじさんの姿に奇跡を感じた。
筆を取り出し、貼り立てのキャンパスに夢中で描く。
後の名画、「アニマルの中の聖おじさん」の誕生だ。
その絵をみた画家の嫁は、ヤバいわねと言った。
そしてそのまま、家の棚の奥深くにしまった。
幾年の月日が流れただろう、子ウサギは、立派なソーラーエンジンを搭載し、四輪ウサギへと成長していた。
豹の方も、大分でかくなり、リニアモーターカーだ。
おじさんはこんがりステーキとなり、大地へ還った。
四輪ウサギは走った、人里へ。熱帯雨林が生んだ自動車型アニマルは、世界中を轟かせた。自然が文明に適応してきた。誰もが驚いた。
天才科学者は微笑み、人類は進化についてもう一度考える必要がありますね。と嬉しそうにテレビカメラにピースした。
時を同じくして、地球には大きな隕石が落ちようとしていた。
あまりに大きいので、地球全体はあきらめムードだった。
地球最後の日に何をしたいか、そのことだけをみんなが真剣に考える日々だった。
四輪ウサギには、小さな一輪ウサギの赤ちゃんが誕生していた。
四輪ウサギは画家を呼んで、家族の肖像画を書かせた。
「地球が終わるってのに、こんなことをして、意味があるのかね」
四輪ウサギのプロデューサーは不満げだった。
しかし、チラリと覗いた画家の筆致に、思わず腰を抜かす。
それは目の前のかわいらしいウサギたちを描いているとは思えない、荒々しく、しかし生命力にあふれた激しい筆さばきだった。
湧き上がるような血、太陽、全ての力を表したように鮮やかな赤。
深く葉の奥の奥、無限に続く森を感じさせるような緑。
そして、描いた輝きが粒となり、零れ落ちそうなほど繊細に光る黄色。
尋常じゃないその色遣いが、作品に命を与えていた。
画家は泣いていた。このウサギが、あのウサギだと、
あの死地の中で、愛を貫いた、ミディアムレアなおじさんの子ウサギだと、確信していた。
そして、立派な四輪車となり、地球滅亡のその日まで、命を愛している。
その生き様は、まさしくおじさんの子だった。
画家のおじさんは人生のことを考えていた。
しょうもないし、散々なこともあった。むしろそっちの方が多かった。
しかし、私は美しさを知っている。こうして、涙が流れる。
おじさんは、果てしない、人生のことを考えていた─────。
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