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《光の授受》の挿話─ナゴール的な、もしくは非ナゴール的な─ウルトラマン第一話の形態学[5]

《光の授受》の挿話
─ナゴール的な、もしくは非ナゴール的な─
ウルトラマン第一話の形態学[5]


これまでに、郷秀樹、北斗星司、東光太郎、マドカダイゴ、アスカシン、トウマカイトの、6人の不同型主人公について見てきた。いずれも《無謀な勇気》を契機として《光の授受》に至る彼らを、「ナゴールの6人」と呼ぼう。

残る、ハヤタシン、高山我夢、春野ムサシの3人は、《光の授受》に臨むにあたり《無謀な勇気》を見せない“非ナゴール的”な主人公である。彼らの《光の授受》にはそれぞれに固有の特徴と意味が備わっている。

この「“非ナゴール”の3人」のうち、まず『ウルトラマン』のハヤタ(シン)と『ウルトラマンガイア』の高山我夢の2人について見ていこう。彼らはまた「選りすぐりのエリート」であるという点も共通していて、このことも、ナゴールの6人のうちダイゴを除いてはいずれも明らかに非エリートであったことと好対照を為している。

しかし、その《光の授受》の場面を彼ら同士で一対一で比較すると、その様相は“非ナゴール”同士として実に対照的で、非常に異なったものになっている。

ハヤタとウルトラマンの邂逅

『ウルトラマン』第1話「ウルトラ作戦第1号」において、M78星雲「光の国」の超人が飛来するも、パトロール中の科学特捜隊員ハヤタの乗るジェットビートルと衝突、ハヤタに致命傷を負わせてしまう。そのとき、超人はテレパシーによって?倒れたハヤタと以下のような会話をする。

「おい、誰だ。そこにいるのは?君はいったい何者だ」
「M78星雲の宇宙人だ」
「M78星雲の宇宙人?」
「そうだ。遠い宇宙からベムラーを宇宙の墓場へ運ぶ途中、ベムラーに逃げだされて、それを追って地球に来た。」
「ベムラー?」
「宇宙の平和を乱す悪魔のような怪獣だ。もうしわけないことをした、ハヤタ隊員。そのかわり、私の命を君にあげよう」
「君の命を? ……君はどうなる?」
「君と一心同体になるのだ。そして、地球の平和のために働きたい』

つまりウルトラマンが地球に留まるのは、彼なりの良心に基づいて、自分が起こした過失についての責任をとるためだったのである。このときの彼には、その場でハヤタのために命を一個余分に用意することはできなかった(→注1)が、自分とハヤタを合体させることでハヤタを《生き返らせる》ことはできた。だから、お詫びにそうした。できる精一杯のことをしたのである。だが、この過失がもし無かったら…彼は「帰っていったウルトラマン」となったであろう。すなわち、ベムラーをおそらく地球上で倒すことにはなり、それで地球の平和にも一度は貢献したかもしれないにせよ、任務を終えて、光の国へ帰還したのではあるまいか。それ以上地球に残る理由がないからである。このように、初代ウルトラマンは、自らの偶然の過失を通じて《光の授受》の相手に出会ったということになる。

──ウルトラマン(総称)ではなくその一体化相手の人間の方に焦点を当てる「不同型主人公論」である本稿での詳述は控えるが、『ウルトラマン』から『ウルトラマンメビウス』までの14作のうち、自分の犯した過失の償いのために地球に留まるウルトラマン(総称)は初代ウルトラマンだけである。このことは、特に正義論(ウルトラマンの正義)との関連では踏まえるべき要点であると思われる。──

《光の授受》の革命─『ウルトラマンガイア』─

──「ウルトラマン、地球が危ないんだ。僕は君になりたい。君の光が欲しい」「この光、とっても温かくて、僕を包んで、…違う、光が僕の中に入ってくる…」(すべて高山我夢の台詞)──
 ウルトラマンとの一心同体。光。それをウルトラマンから不同型主人公へと授与する場面として連綿と続いてきた《光の授受》、それが『ウルトラマンガイア』第1話「光をつかめ!」において初めて、主人公の方からウルトラマンへと直接明示的に希い呼びかける場面となり、その意義は大きく変化した。少なくとも第1話の雅夢は、《光の授受》直前にその契機として《無謀な勇気》の行動を起こすことはない。「どうしたらいいんだー!」と叫ぶのみで、それに応えたウルトラマンによって突如地球の核?へと引き込まれ、そこで本節冒頭の台詞が吐かれ、《光の授受》となる。「言葉よりも行為で」「無自覚のイニシエーション」を示した結果としてウルトラマンから光を授かる「ナゴールの6人」とは対極的に、光=ウルトラマンに向かって意識的自覚的に「行為でなく言葉で」呼びかけ「求めよ、さらば与えられん」を地でいく高山雅夢。これまでは「言葉よりも行為」であった《光の授受》の前段が、このように「行為でなく言葉」へと大転換するこの現象は、まさに革命といえる。このように、高山雅夢の《光の授受》は、「人間ウルトラマン」を謳う平成三部作の集大成に、また「地球のウルトラマン」たるウルトラマンガイアに、まことにふさわしいものとなっている。

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