『呪いの物語』
これはとある『ア≒イ』のお話。
雲一つない晴天だとしても、その光は届かないぐらいに暗い暗い森がありました。
そこには古びた廃墟のお屋敷があり、人気は一切無い。
人気は無いのですが、住み着いている人形のお化けの少女はおりました。
そのお化けの名前は『イリー』で、訪れる他のお化けのお友達や森の住人達と仲良くお茶会を催したりと楽しく過ごしているのです。
そんなある日。
お化けの少女は、素敵な素敵なお人形を作ろうと思いつきました。
自分だけの理想の素敵なお人形を。
組み上げる際に色々と考え選び抜いた素材をあてがうことも楽しく、お洋服も様々用意し、着せ替える楽しみもできました。
プラチナブロンドの髪、すらりとした長い四肢、整った顔立ち。
「どこかの夢物語の『王子様』より、ずっとずっと素敵なあなた。あなたのお名前は『ニア』よ」
ただ、唯一用意ができなかった『瞳』は開く事無く、閉じたまま。
イリーは瞳になり得る『命』を作る術が分からなかったのです。
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イリーの優しさを持って作られた人形のニアには『魂』がこもり、瞳は無くとも毎日楽しく暮らしていました。
お化けのお友達も、森の住人達も皆ニアと仲良くなり、お茶会も一層賑わいを見せるのでした。
そうして穏やかで平和的な日常を過ごしていると。
ある日ニアはイリーにお願い事をしてきました。
「あのねイリー。ボクは自分を作ってくれた優しいあなたを見るために、瞳が欲しいんだ」
懇願するようにその手を合わせて頭を下げるニアに、イリーは慌てて抱き着くことしかその時は出来なかったのです。
「わたしは彼に瞳をあげたい。だけれど、作り方が分からないの」
時を告げる妖精のトーンに相談を持ち掛け、どうにかできないかと悩んでいると。
「そういうことなら、森の奥にある湖畔に住む魔法使いさんの所へ行ってみると良いかもしれない」
魔法使いさんが力になってくれるかもしれないと聞いたイリーは、早速その者元へと赴くことにしました。
お屋敷からすごく離れた場所へ行くのは初めてではありましたが、彼のお願い事が叶った時のことを考えると自身も楽しみで不安など一切ありませんでした。
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到着した湖畔の傍には、神秘的な雰囲気を持った者が水鏡を覗き込んでおりました。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、イリー…だったかな?」
イリーは一度も顔を合わせたことが無いはずの魔法使いに名前を呼ばれ驚きます。
「なぁに、私は魔法使いだからなんでも知っているし、見通せる。君がこちらに来るのも分かっていただけのこと」
作ったお人形に瞳をあげたいのだろう?と顔を上げ、イリーの様子を伺ってきます。
思わず素直に頷くイリーに優しく笑いかけ、魔法使いは首を横に振りました。
「悪い事は言わない。お人形の彼に瞳をあげるのは止めておいた方が良いよ」
「どうして…?わたしは彼に瞳をあげたいのに」
魔法使いはイリーの困った顔を見ると、こう言いました。
「瞳をあげれば未来の君は、辛く苦しむことになるだろう。それでも瞳を望んでしまうかい?」
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屋敷に戻ると、ニアが心配そうに待っていました。
イリーはそんな彼に笑いかけ、椅子に座るよう促します。
困惑したように首を傾げるニアでしたが、そのまま従いどうしたのか尋ねます。
「あなたに、瞳をあげることができるの!」
そう言うと、取り出した小箱からキラリと光る石を持ち上げ、彼の目蓋に近づけます。
するとどうでしょう。一層輝きを増した石は手元から消えてしまいます。
「…ニア、あなたに瞳をあげられたかしら」
その言葉に、今まで開くことのなかった人形の目蓋が上がります。
そこには澄んだ『藍』の瞳がありました。
瞳を得たお人形は真っ先にイリーの姿を映しこみます。
嬉しさと感動と…その他にも色んな感情が溢れ、言葉が出てきません。
「…あ……ボクを作ってくれたイリーを、この瞳に映すことが………」
ありがとうとニアはぎゅっと抱きしめます。
そんなイリーも嬉しく頭を撫でてあげるのでした。
瞳という命を得たニアは、それからの日々はまた新鮮に楽しく過ごしています。
今まで見えていなかった世界が好きなだけ見ることができる喜びに、感動していく様子はとても純粋で優しさを増します。
そんな新しい日常がずっと続いていくと信じて疑わない彼を見ていると、イリーは魔法使いにあの時言われた言葉を徐々に忘れていきます。
幸せな時間は幸せなまま一日の終わりを告げる。
そしてまた一日が始まり、幸せな時間が訪れる。
何度それが繰り返された時だっただろうか。
ニアが慌ててイリーの元へ駆けていきます。
「イリー大変だ。お屋敷の前に『人』が倒れているんだ」
こんな所に人が倒れているだなんてどうしたのかと思い、一緒に見に行きます。
ニアの言う通り、お屋敷の前には誰かが倒れていました。
ボロボロの服装、傷ついた肌、浅い呼吸。
今まで人と縁の無かった自分達でも、大変な事態だということは見て取りました。
「大変!とりあえずお屋敷に運ばないと…」
しかしイリーは気づきます。自分はお化けで、人に触れることが困難だということに。
「ニア、あなたはお人形だから人に触れられるわ。運んでくれる?」
「わかった」
倒れていた人へ傷の手当てを施し、屋敷にあったベッドで安静にさせます。
人に触れられるお人形のニアが指示をされるままに動きます。
その間、ボロボロの服装は可哀想だとイリーはお洋服を仕立てます。
「イリー、あの人大丈夫かな…?」
心配そうにオロオロと落ち着きのないニアを見て、お料理をしましょうと提案をします。
人は何か定期的に食べ物を得ないと死んでしまうという話を思い出していたイリーは、妖精さん達に材料を集めるのを手伝ってもらってと頼みます。
集まった材料でスープを作って様子を見に行くイリーとニア。
安静にしていたおかげか、息は多少落ち着き眠っているように思えます。
目を覚まさないかとニアは優しく人の頭を撫でてやります。
いつもイリーにしてもらっている優しい手つきを真似ているように。
すると撫でられた人はゆっくりと目蓋を開け、軽く咳き込みながら不思議そうに起き上がるでしょう。
「…!お、起きてくれた。ねぇ、イリー起きてくれたよ!」
「イリー…?ううん…私は『コル―』なのだけど……貴方は誰…?」
辺りを見回した人は首を傾げて問うてきます。
「ボクはお人形のニアです。イリーはボクを作ってくれた素敵な……あれ、イリー?」
――何か予感がした。
あの人の瞳に私は映っていなかった。
それもそうだ。わたしは人形の『お化け』なのだから。
人の瞳にお化けは映りこみはしない…。
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助けたコル―という女の子は数日を経て回復しました。
その間の世話は全てニアが動き、人の世界の話を興味深く聞いてきます。
どうしてお屋敷の前に倒れていたのかと聞くと、道に迷って帰れなくなったそうな。
ふらふらと彷徨っている内に気を失ったと言っていました。
「それにしても…貴方は本当にお人形なの…?とてもそうとは思えないぐらいに生き生きとして見えるわ」
「ボクはお人形です。あなたより長く時を過ごしていると思いますけど」
楽しそうな話声がお屋敷内に響く。
しかしその会話にイリーは入れずにいることが少しずつ増えていった。
「私には見えないのだけれど、イリーさんにもとってもお世話になって…こんな素敵なお召し物も着せて頂いて感謝しますとお伝え頂いても?」
「はい。イリーに伝えておきますね」
「大丈夫よ、ちゃんと聞こえているわニア」
気付けば傍にイリーがいます。
彼女はコル―を見て触れられないと分かっていても頭を撫でてあげるのです。
「元気になって良かった。でも、いつまでもここに居ては身体に毒なの…人は日の光を浴びることも大事なのよ」
「そうなのイリー…?じゃあ、コル―は帰らないと大変だね」
そこにイリーが居ると見えないながらも気づいたコル―は頭を下げて微笑みます。
「私にも見えていたら色んなお話をすることができるのに…でも、優しい方。たくさんの感謝を…お礼にと言ってはあれですが、歌を披露致します」
コル―は一つ深呼吸をした後、軽やかな旋律で綺麗な歌声を披露します。
お屋敷内に響くその歌声に引き寄せられ、森の妖精たちや友達のお化けが彼女の周りに集まります。
イリーはとてもその歌に感動しました。
自然と拍手を贈り、笑顔になります。
彼女に直接感想を届けられないのは寂しくもあります。
一方のニアは同じように感動をしておりました。
ただ、何か少し不思議そうにコル―を見つめて首を傾げている様子。
「人というのはすごいですね…!ボク、感動しました」
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それからまた数日経った時。
ニアは思い悩んでいるのかこんな相談をイリーに持ち掛けます。
「もうじきコル―はこのお屋敷から出てどこかへ帰ってしまいます…」
「えぇ、あの子の為にも帰してあげなければだめね」
「…っ!あのねイリー、ボクも一緒に外の世界を見に行きたい!」
意を決したように言葉を発するニアに、イリーは困ったように笑います。
お人形の彼が外の世界に出るのは困難で、その先がどうなるかも分かりません。
「コル―のお話で、外の世界に興味を持ったんです。キラキラしたお日様もあなたがくれた瞳で見て見たい」
藍の瞳はじっとこちらを見つめてきます。
「お人形のままじゃ見に行けないのかな…?なら、ボク…『人』になりたい」
「ニア…」
「人になればコル―と一緒に外に出れると思うんだ。イリーも人になって、一緒に行こう!」
イリーは前に魔法使いに言われた言葉を思い出します。
『瞳をあげれば未来の君は、辛く苦しむことになるだろう。』
魔法使いが言っていたことの意味が今、分かってしまったのです。
ふと気付くといつの間にかイリーは湖畔に佇んで水面を眺めていました。
魔法使いがいるここに辿り着いたのは、聞きたいことがあったから。
「そろそろ来る頃だと思っていたよ、イリー…だったね」
どこからともなく現れた魔法使いはイリーの隣へと立ちます。
「だから私は言ったのだよ。瞳を与えれば君が苦しむと…」
イリーは首を横に振り、その言葉を否定するかのよう。
魔法使いは持っている杖で宙に星空を描きます。
「君が聞きたいことは、彼を人にすることは可能かどうか…違うかい?」
「…」
「結論から言うと、可能でもあるし不可能でもある」
「え…?」
イリーは顔を上げて魔法使いを縋るように見つめます。
「君にその覚悟があるならば、大好きなお人形を人にすることは簡単だよ」
「教えてください…!」
魔法使いはイリーにその方法を教えるでしょう。
それを聞いたイリーは困ったように考え込み、顔を覆ってその場にしばらく立ち尽くすことになりました。
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ニアを人にするには、『愛』をたくさん与え続ければ良いということ。
『愛』を与えれば与える程に人になるニアは、自分の元を離れて行ってしまうこと。
逆に自分の元へ置いておきたいのであれば、『愛』を与えずにいれば良いということ。
『愛』を与えずに過ごすのはとても辛いということ。
コル―もニアもどちらも大切な存在であり、悲しませたくないこと。
どうしようもなくなった時、『藍』を取り上げ壊してしまえばニアは動かないお人形に戻ること。
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――選択するのは『自分』なのだけれど。
この物語の結末はまた明日。
貴方は『自分の為』、『大切な者の為』、『両者の為』、何かの選択を迫られた際に何を一番に優先するか教えてほしい。
きっと…どれをとっても、正しい答えなのだろう。
ア≒イ―第一幕―より
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