しらつゆ表紙

花嫁は人で無し


すてきなはなよめさんになるためにはお料理が大事だと思ったの。

合宿に来て祭りごとの合間に暇をみては、炊事場を借りてお料理の勉強をしていた。
食堂のおば様方にレシピを学びつつ、応用ができるお料理や要領の良い時間短縮の秘訣などをメモしては実践に移してみたり、レパートリーの幅を増やす為にお料理ができる他の参加者さんと交流をしたり、充実していた。
そんな折に出会ったのがセンカ様。
お腹を空かせた様子で炊事場にやってきた様子だったのだが、どうやらお野菜が好きではないらしく、丁度出来上がっていた煮物は彼女のパートナーであるオレンジのふわふわさんがつついている。

美味しいと良いなと覗き込みつつ、センカ様とお話を重ねた。

「でもきみは偉いねぇ」

しらつゆはえらいの?

「あたしはそんな努力できないもん」

そうなの…?

こちらを見るそのお目目は少し寂しそうな、静かな感じがした。
口元は微笑んでいるのに。
目線が合い、私が小首を傾げた後に耳にした言葉は。

「ちょっとだけ、きみが羨ましいかな」

わたくしのことが?

羨ましい…?

今までそんなことを言われたことがあったでしょうか?
いいえ、ございません。
だって、しらつゆは…。

「センカ様は面白いことをおっしゃるの」

くす、と自分から笑みが零れる。

「面白い?面白かったか~」
「えぇ、えぇ、とても」

どうしてこんなわたくしを羨ましく思ったのかは分かりません。
でも、理解しようにも溢れ出てくるこれは何なのでしょう。

くすくす。

あぁ…可笑しい。
こんな自分を羨ましいだなんて。

「ねぇ、センカ様。しらつゆは逆にあなた様のことをうらやましいと言ったらどうでしょう?面白いでしょうか?」
「んー…」

聞いてほしいの。
羨ましいと言ってきたあなたに。

「わたくしのことをうらやましいと思うセンカ様と、センカ様をうらやましく思うわたくしが生きてきた境遇や道筋を取りかえることが出来たら、とってもすてきなの」

欲しくて欲しくてたまらない。
皆、どうしてそう"人"らしいの?
好きや嫌いって一体なんなのでしょう?


――――――――――

『この子は"人"ではなく、神聖な白狐の子だ』

『大事に、大事に育てましょう』

『"人"とあまり関わり合いを持ち、穢れを増やさぬように』

『元より感情はきっと我々の理解が及ばぬもの』

『あぁ、白露様。琴吹家へようこそお出でくださいました』

お父様とお母様。
お兄様にお姉様。
そして育てのばあや。

わたくしの世界を占めているのはほとんどがこの五人で、全てだった。
屋敷で目にする生き物も、ごく限られていて何も知らない。
教養も武芸も作法も、たくさん学ぶことは多けれど。
一通りそつなくこなしてしまえばその後は誰も干渉せずに一人お部屋の中。
それが普通なのだと思っていたから疑問にすら考えずに日々を過ごしていた。

ある日、お兄様にそれはそれは綺麗な真っ白な衣装をまとった女の方が寄り添って、中庭を歩いていたのをお見かけした。
お化粧をして、艶やかな髪を結い上げお帽子をかぶって。
屋敷にはいつもより人がいらっしゃるのか分からないけれども、たくさんの"見れない気配"を感じた。

「…?お兄様の笑顔がいつもと違うの」

いつも私に見せる笑顔と全く違うものを女の方に見せていて。
頬は赤く染まっていて。
その優しい手は女の方が大事そうに手を重ねていて。

「…お兄様、どうされたの…?」

そっと見ていたら、ばあやがやってきてお部屋に戻りなさいと連れて行かれた。
あれはなあにと聞けば、お兄様はお嫁さんとご結婚したのよと教えてもらった。
本当なら妹であるあなたも参列するべきなのだろうけど、という呟きに首を傾げるが、それ以上に興味を持ってしまったことがあり、気にしなかった。

「ご結婚とはなあに?」

「あのすてきな白いお着物はなあに?」

「しらつゆもおよめさんになれるの?」


――――――――――

およめさんになると、だんな様にたくさん愛していただけるらしい。
でも"愛"はむずかしくて分からない。
知りたい。知りたい。愛してもらいたい。

しらつゆは愛してもらっても、あなたを愛してあげられる?

ううん、分からないからできないの。
すてきなことだっていうのは分かるから、"愛してる"という言葉は大事に取っておきたい。
いつかめぐり合うだんな様に言おうと思うの。

"人"じゃないわたくしは、"人"になりたいの。

人になる為に"人"のお友達が欲しい。
人になる為に"人"の家族が欲しい。
人になる為に"人"のだんな様が欲しい。

「人じゃないわたくしを羨ましく思うセンカ様はやっぱり面白いの」

お料理も一段落している。
頭に被っていた三角巾を取り払い、滑り落ちて来るのは真っ黒な髪。
頬に掛かるその髪がくすぐったくて笑みが零れる。

「人じゃないってどういうこと?」

「…こういうことなの、センカ様」

普段は言いつけをお守りしているから、誰かに見せるなんてことしてはいけないのだけど。
ここはお屋敷ではないし、しらつゆは"人"のルールを知らないから。

「白露は白いお狐様なの」


普段そんなに大きな口で笑わない自分の、怪しく醜い姿を披露する。
上あごの犬歯が一般のそれと似ても似つかわしくないぐらいの発達で、鋭く尖っているいるなんて。

くすくす。

何も面白くないのに面白くて仕方ないの。


「しらつゆがおよめさんになりたいのは、愛がほしいからなの。わたくしがやっていることは努力じゃなくて、当然の理(ことわり)なの。だって完ぺきなおよめさんじゃないと、愛してもらえないのでしょう?」


理解ができないという顔をされていても、そう、人様には理解できないんだもの。

あの時ボロボロと泣いてしまい、吐き出した言葉も理解できないと人様に言われてしまったぐらい。

しらつゆのことを理解してくれる、理解しようとする人様はいない。


「だからね、頑張って人になる訓練をしているの。すてきなことなの」


わたくしの翠の瞳は、何もかもすてきに映してしまうから。
それが全てうらやましくて欲しくて。




自分が欲にかられて牙をむかないように、あなた様はしらつゆを羨ましく思わないで。


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