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カジノチップ

ふぅ、と一つ煙を吐き出す。
熱を帯び始めた葉巻のバニラの香りが漂い、室内へ霧散していく。
手元にあるカジノの経営書や雇用に関する書類、自身へ宛てられたパトロンからの手紙の山々を眺める。
傍にはオペレーションディレクターとして業務に携わっている初老の男性がおり、ひと月のカジノ運営の動向や機材設備の不具合の有無、従業員の持ち場配置に関して等々の報告をしている。簡潔に重要度の高い順に報告をまとめてくる彼には、自分がこちらへの不在時の最高責任者ともなるため信頼も厚い。

「つきましては、こちらが運用経費として最低限必要な額となりますのでご査収ください」
「……この程度で事足りるのか?」

渡された報告書の束を確認しつつ、最終的な額を見て疑問を唱える。
大きな額に違いはないが、報告の内容から脳内で算出した金額の解より少ないように思えた。

「はい。各フロアへ専属の技師を配備したところ、不具合時に即確認と調整ができることが大きいかと」
「そうか。確かにトラブル解決時に掛かるものは減っていることになるな」
「まだ試用としてではありますので、数ヶ月様子を見て頂きたく思うのですが如何でしょうか」
「良いだろう。チップも弾んでやることは忘れるな」
「かしこまりました」

承認に必要なものへサインを記し渡す。
そして続けて一枚、横長の紙を渡そうとすると彼は受け取らずに頭を下げてくる。

「チップを受け取らないと?」
「恐れ入りますが私は十分な給金を受け取っています。何度も申し上げておりますが、私めは独り身で養わねばならぬ者もいません。大金を受け取るにも使い道がございません」

渡そうとした紙は小切手だ。
このやり取りも何度もしているが、働きに対しての報酬を受け取ってもらえた試しがない。カジノでの最高責任者ともある者への待遇にしてはまだまだ少ないと感じるぐらいの額なのだが。

「本当、頑なな男だねぇ……アンタが受け取らないと、下の者が貰いにくいとは思わないかい?」
「私めより若者が受け取っていらっしゃる方が喜ばしいのです。このカジノで働く者の多くはオーナーである貴方様ご自身で見定めた方々であり、本来であれば資金力が無く将来性が狭められた若者達でした。こちらで働き、得た給金で夢を追いかける者達を見送ることが私めにとって」
「分かった。その先は聞き飽きているさ」

座っている椅子の背もたれに寄りかかり、葉巻を吸う。
彼の言う通り、各地で運営しているカジノで雇っている者は金が無くて夢を諦めざるを得ないような若者が多い。
現実的なことを言えば夢や志だけでは進みたい道を進める程甘くはなく、何をするにしてもやはり金は必要となってくる。
支援をするだけなら金を渡すだけで良いが、それで上手く成功を収められる力がある者は少ないだろう。『カジノ』という場所で各々スキルを磨き、様々な人間やトラブルに揉まれながらのし上がる力を身に着けられる者へ成長するかどうか。その結果、給金やチップという名目で支援金を与えているような形となる。

「綺麗な言葉で紡げばそうなる。だが、私がしていることはいつだって『賭け』以外の何ものでもないんだよ」

ふっ、と笑い目を細める。自分は単に雇った者が将来的に化けると見越してBETしているだけに過ぎない。気の長いギャンブルではあるが、どう転んでいくか予想のつかないものほど面白いと麻痺してしまっている自覚はある。

「良くも悪くも入れ替わりが多い場所だ。厳しさは今まで通りでお願いしようじゃないか」
「かしこまりました」

礼を一つした彼はそのまま部屋を出ていく。静かに閉じられた扉から目を逸らし立ち上がり、外が見える窓辺へと寄る。天気も良く、空の青さが目に眩しい。

「鳥達は国へ渡ったのだったな。……翼を捥がれるだけで終わるようなことはないと良いが」

独り言を吐き、この地方の外へ飛んだ二人のことを想う。赤の他人ではあるが、自身が所属する組織の情報へ関りがあることから無視できない因子でもあった。

手に持っていた葉巻もあと一度吸ったところで終いだなと思った矢先、慌てた様子の足音とノックが聞こえた。

「入りな」
「失礼します、ソルシエール様!」

こういう時は決まってトラブル絡みの件だと分かっている。ただ、オーナーである私を呼ぶ時は相当なものだ。太客絡みが大半である。

「それで、何があったんだい?」
「はい、9番フロアでその……ハイローさんが」
「揉めてるのかい?最近じゃ珍しいな」
「いえ、とある2匹組のポケモンに勝負を挑まれてまして……」

勝負を挑まれているとはカジノゲームでということだろうか。いや、ポケモンにという話ならバトルということになるのか。要領を得ない報告に疑問を持ちつつ吸い途中の葉巻の火を消し、その場所へと移動を始めながら話を続ける。

「トレーナーはいるのかい?」
「それがそれらしい人物はいないようでして……」
「そうかい。まぁそのフロアは出入りし易い場所な上、低レートテーブルだからな」

9番フロアとは日中は子供向けのゲームセンターのような場所になっている。小遣いの範囲で遊べるようなスロットやゲーム機器で遊ぶことができるのはもちろん、ディーラーとテーブルゲームをすることもできる。
そして一番そのフロアで使用率が高いものがポケモンバトル用のフィールドだ。今の時間帯は無料で開放しており、未成年トレーナーが練習や訓練で使用していることが多い。おそらくはそこで問題が起きているのだろうと予想はついていたが、案の定フィールドには人だかりが出ていた。
子供の割合が多いが、何か期待に満ちた瞳でフィールドの中心を見ている様子でいる。

「……何事だ?」
「あっ魔女様だ!」
「まじょさま~!!」
「ハイローお兄ちゃん強いから勝つよね!?」
「あのポケモンがねーフィールドに入っていったの」
「勝手に入って行ったからハイローさんが追い出そうとしたら、バトル挑まれて~」

人だかりに近づくと子供達が口々に言葉を発しながら、私が通る道を空けてくれる。
騒がしさと混雑の整理で手一杯と見られる従業員達を一瞥しフィールドへ視線を向けると、確かにハイローの姿がある。対面するように件のポケモンも立っていた。
黄金で出来たような身体に宝箱を身に着けたそのポケモンはサーフゴーだった。2匹組と言っていたが、もう1匹はどこにいるんだと思っていると、サーフゴーの頭の人間でいう髪みたいな部分に紛れて顔を覗かせていた。あれは進化前の姿のコレクレーといっただろうか。

「成程、コイン集めにはうってつけの場所にやって来たという訳か」

コレクレーはコインを集めるために近場のポケモンや人を操る話がある。だが、それは非効率的で操る範囲にも限界があり、小さな身体への負荷も大きいのだろう。
どこからかコインが一度に大量に手に入るかもしれないという話を聞いてここへやって来たと考えれば、知能指数は高い。一つ指摘するならば、この場所で扱っているコインの種類はお前たちが求めるものとは違うということになるが。

カラマネロのハイローは私がやって来たことに気付くと、2匹へと向き直り早いとこ追い出さなければと掴みかかろうとした。

「まぁ待て、ハイロー。こんなにギャラリーが湧いているんだ、乱入者とはいえバトルで一つ余興をすることを許そうじゃないか。アイツらはお前がカジノ内での一番権限のある者の強いポケモンだと分かってここに連れて来たのだろうよ」

フィールド内へ入って行き、ハイローへそう言いながらサーフゴーとコレクレーを見る。彼らは陽気に手をこちらへ振り、その通りだと笑みを浮かべているように見える。タイプ相性的には向こうが不利そうだが勝つ算段でもあるのかもしれない。

「2匹相手ならこちらはシューターを呼んでやろう」
「……」

自分だけで充分だと言いたげではあったが、すでに場にはムウマージのシューターがやってきていた。面白そうだとケラケラ笑って場に揃う。
審判を近くのディーラーへ頼み、私はその横でバトルの成り行きを見守ることにした。
指示無しで野生ポケモン相手にどこまで対応するか見物だ。

「それではバトルを開始する。……はじめ!」

審判の号令と共に始まったバトルに周りのボルテージは一気に上がった。

子供達のバトルへ向ける視線の輝きが眩しく、静かに笑みを零す魔女がそこに居たのを知る者はほとんどいなかった。

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