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『呪いの物語』

これはとある『ア≒イ』のお話。


魔法使いがいる湖畔からの帰り道。
イリーは一人思い悩みながらも歩みを進めます。

すると、木々の合間からお化けの友達や森の住人達が、元気のないイリーを見て周りに集まってきます。

「イリー元気ないね、大丈夫?」

「……えぇ、大丈夫。ちょっと考え事してるだけよ」

「ニアのこと?コルーのこと?」

妖精は様子を伺いつつ、葉っぱと木の実で作った冠をイリーに被せてきます。
返ってくるのは無言でしかなく、困ったように皆は顔を見合わせます。

「コルーはもうすぐ元のお家に帰っちゃうんだって!僕聞いちゃった」

お化けのクルムは皆に教えます。

「それでね、ニアも一緒にお外に行きたいって言ってたの。人になりたいって!」

「クルム、言わないで」

イリーは首を横に振り、その話を拒絶するように目を伏せます。
周りの皆はざわついて同じく考え事を始めてしまいます。

「ニアもコルーもどこかに行っちゃうの寂しいね」

「綺麗なお歌聴けなくなっちゃうの?」

「ずっと一緒にいるのがどうしてできないのか自分達には理解できないね」


人はお日様の下で過ごさないと病気になってしまうこと。
お家に帰してあげることはコルーの為だから、ずっと居てもらうことはできないこと。
ニアは外の世界のお話を聞いて、自分の目で見てみたいと人になりたいと言ってきたこと。

人にしてあげることはわたしにできること。

これらの説明をしようと口を開きかけると……。


「お別れするのが辛いなら、ずっとここに居てもらえるようにしたら良いんだよ」

「そうよそうよ。外の世界なんて息苦しいところって噂よ」

「ここに居る方がずっと幸せだよ!ここに居る皆は幸せなんだから間違いない!」

お化け達と妖精達は口々に二人をここに引き留めておけば良いと言い始めました。


「コルーを人間じゃなくさせてしまえば、一番の解決策!」

「その手があったね!さすが天才!」

「待って!何を言っているのあなた達!?」

驚きの発言にイリーは周りの皆を振り払うように声を荒げる。

「馬鹿な事言わないで!コルーを人じゃなくするなんて、とんでもないこと…」

「イリー変だよ?だって僕たちはお化けで妖精だ」

「別におかしいこと言ってないよ私たち。いつものことじゃない?」


――確かに、そうだ。

わたしたちの常識、在り方としては何も間違ってはいない。
お気に入りのものは手元に置いて愛で、仲間にしてしまうのが普通。

普通、なのだが。

今まで何の違和感もなくそのまま過ごしてきたはずなのに、どうして?
皆の言葉が突き刺さるように痛い。

分からない、でもそれをしてしまったら私は苦しいのかな。
自分の幸せを手放す方が苦しいのは本当だって分かっているのに。


「イリー?イリー、聞いてる?」

「っ……!な、何かしら」

「あのね、僕たちはコルーに干渉しにくいから、ニアにやってもらおうって話!」

「え……?」

「大丈夫!皆仲良しだし、お話聞いてくれるよ。優しい彼はきっとやってくれる」

皆はクスクス笑いながら、森の中へそれぞれ消えていく。
残されたイリーは皆が何を企てているのか分からないまま、屋敷まで戻るのでした。


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「愛をたくさん与える……ね」

イリーは本棚の前で色んな本を積み重ねていってはため息をつきます。

酷く曖昧なことのようで、核心的なこと。
魔法使いさんは正しいか正しくないかは言わない。
どの事象も見方が変われば、意見も変わってしまうと教えてくれた。

イリーは屋敷の本は全て読み、瞳のなかった頃のニアに読み聞かせたりしたことを思い返します。
新しい物語を知る度嬉しそうに笑って、日々を楽しみに過ごしていました。
瞳を与えた後は、文字のお勉強をしてみたり楽譜の読み方を教えたり、出来る事が増えていく喜びを伝えてくれた彼。
コルーが迷い込んできたことで、人の在り方を学んだ。そして自分たちの在り方との違いを考えるようになっていく。

他にも様々なことを出来るように、感じるように成長していくニアはきっと……。


「人に近づいている」


それでも、まだ教えていないこともあり、していないこともある。

ふと、イリーは手に持った本を片付けようと棚に戻すときに誤って滑り落してしまいます。
古い本なためか衝撃で頁がばらけてしまい、慌てて元に戻そうと拾い集めると。
棚の下の隙間に小さな紙切れが挟まっているのを見つけました。

本の頁の一部ではないそれを何となく拾い上げ、裏を返したイリーは小さく驚きの声をあげます。

「えっ……どういうこと?」

どうやらそれは誰かの家族写真のよう。
その中に写りこんでいる一人に見覚えがあり、その人物が大事そうに抱えているものを見て更に驚いてしまいます。


「コルーが私を抱えている…?でも、この写真随分と古いものじゃ」


写真の中にコルーがおり、嬉しそうにイリーを抱えて座っている。
ですが、そもそも人形のおばけの自分が写真に写りこんでいるというのもおかしな話。

「……似ているだけで、彼女ではない…わ。でも、これはわたし……」

ゆっくりと目を瞬き、確かめるように呟きます。
今の自分よりも身綺麗にそこに写り込んでいるということに、何か思い当たることがないか記憶を巡らせます。



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屋敷に響くお誕生日の歌。
お祝いに手を打ち鳴らし、グラスで乾杯をする音がする。

「お誕生日おめでとう、――」

「――、これは私たちからのお誕生日プレゼントよ」

大きなリボンを付けた愛らしい人形が、女性から女の子へと手渡される。

「わぁ!ありがとうお父様!お母様!大事にするね」

女の子はぎゅっと嬉しそうに人形を抱きしめて、満面の笑みを浮かべた。

「あなたのお名前考えなくちゃ!ん~どうしようかなぁ」


――――――――


屋敷に響く賑やかな声。
落ち着いた足音と忙しそうな足音、そして落ち着きのない足音が部屋を歩き回る。

「お父様、お母様!早く!」

「こら。――、少し落ち着きなさい」

「元気いっぱいだね、――。写真家さんの準備が終わるまでもう少し待っててくれるかな?」

「はーい!」

お父様と呼ばれた男性は、元気な女の子の頭を撫でて笑みを浮かべる。

「その子のお名前は決まったのかい?」

「うん!百合の花からとって、名前を"イリー"にしたの!」

女の子は大事そうに胸に抱いている人形の頭を撫でたあと、近くの椅子に座って笑いかけた。

「イリーも私の大事な家族だから、一緒にお写真撮ってもらおうね」


――――――――


屋敷に響く何かが倒れ落ちるような鈍い音。
次に聞こえるのは女性の焦るような悲鳴。

「どうしたの、――!?」

「何か音がしたけど、どうしたんだい……?」

「急にこの子が倒れて…どうしましょう、あなた!私、私が…?」

女性の錯乱を宥めて男性は倒れた女の子の様子を見る。

「熱がある…呼吸が乱れて意識は無さそうだ…。倒れた際、人形がクッションになったようだから怪我はないが…」

「早く病院へ行きましょう。大変な病気じゃないわよね…?」


――――――――


屋敷に響く凛とした声。
その声は耳慣れない青年のものだが、緊張しているような印象を受ける。

「僕は、――さんと共に人生を支え、生涯を歩みたいのです」

「私、命を助けてくれた先生と一緒に生きていこうと決めたの。お父様、お母様、彼はとっても素敵な人なのはご存知でしょう?」

若い男女の話を聞いて顔を見合わせた少し歳をとった男性と女性は、穏やかに微笑んだ。

「では、今日から私と妻は君の父と母となるわけだな」

「――のこと、大事にしてくだされば私たちは幸せよ」

それぞれが嬉しい気持ちをいっぱいに言葉を紡ぐ。

「……!ありがとうございます!」

「ありがとう、お父様!お母様!」

******************************


屋敷に響く時計の鐘の音。
イリーはその音にはっとし、顔を上げます。

「今のは……この屋敷の、思い出?」

記憶の隅にでもあったのか、大分古い思い出の断片が過りました。

今まで思い返すことのなかった出来事が、拾った写真により掘り返されていくようなそんな感覚がある。
その後はどうなったのだったか。
ここはもう廃墟のお屋敷と化して、辺りは森に囲まれている。

「わたしを大事にしてくれてたこの子は…ここに住んでいた夫婦は…」

「…イリー?ここに居るの?」

独り言を呟いているイリーの背後にニアが心配そうに立っています。

「何か探し物でもしているの?ボクも一緒に探そうか?」

「いいえ、大丈夫よ。ちょっとお片付けしてたの」

見つけた写真はそっと服の中に隠し、ニアに笑いかけます。
一方のニアは何か言いたげに視線を彷徨わせた後、イリーの片づけを手伝おうとしゃがみます。

「ここのお片付けはわたしがするから、あなたはコルーの様子を見てあげて」

「でも」

「あの子は今、あなたしか頼ったりお話できる相手がいないんだから」

「そう、だね。分かったよ」

歯切れの悪そうな返事と共にニアはその場からいなくなります。


理由は何となく分かっているわたしがいる。
コルーの話を聞けば聞くほど、人になりたいという思いが強くなってしまい、どうしたら良いか分からないという気持ちが処理できないのだろう、と。


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屋敷の周りにある切り株の一つに腰掛け、楽譜を捲りながらコルーはメロディを口遊んでいるのが伺えます。
森の木々で光が遮られているというのに、そこだけ妙に明るく感じてしまうのはどうしてでしょう。

ニアはそんなコルーを見つめては不思議そうに首を傾げます。

「そこにいるだけで周りを照らすことができるのが人なのかなぁ」

お人形の自分はキラキラしていないと、手のひらに目線を落とします。

人になりたいとイリーに言ったものの、その話に関しての返事がないまま時が過ぎている。
コルーが一人帰って行ってしまうのもそろそろなのは分かっている。
明日なのか明後日なのか……イリーは準備が出来たらと言ってはいたけども、何も変わる様子の無い日々が続くだけ。

「ボクは……」

「なーにを悩んでいるの?ニア」

ニアは顔を上げ、声の主の方を見やります。
そこにはお化けや妖精達がおり、ふわふわと漂いながら問いかけへの反応を待っています。

「人に…なれるのかな、って」

「なんだ、そんなこと?」

クスクスと皆笑いながらも慰めるように、耳元で囁いてきます。

「人になるのは簡単だよ」

「そうなの?でもイリーは全然教えてくれないけど…」

「色々あるのさ彼女にも。だって君は人になった後のことを考えていないだろう?」

「えっと…それは…」

確かに、外の世界を見たいというだけの理由で人になりたいと言ってしまってはいた。
でもきちんと人になった後のこともどうするかお勉強し、考えていくことをイリーに言われてはいる。

「お話だけなら…知識だけならたくさん持っている、とは思ってる。役に立つかどうかは実際行ってみるまで分からないけども……」

「『生』きるっていうのは酷く面倒臭いものなのに憧れちゃうのはよく分からないよ。ねぇ、皆」

お化けや妖精達は頷きます。

「生きたら『死』んで、ここに戻ってくることになるかもしれないのに」

「『幸』せだったら戻ってこないんじゃない?この屋敷の人たちは誰も戻って来なかったもの」

「確かにそうかも。イリーはずっと待ってたけど、そのことすら忘れちゃうぐらい時間が経っちゃったしね」

ニアには何の話をしているのか分からず、首を傾げるだけ。

「イリーは誰かを待っていたの?」

「ふふ、なんでもないの。それより人になる方法を教えてあげないとね!」

妖精の一人がまた耳元で何かを囁きます。

「それはね…」


囁かれた方法に、ニアは瞬きをする。


「あなた自身にしか出来ないことだよ」

「頑張って!大丈夫だよ!」

「皆見守ってるから、勇気を持ってね」

希望の見えた様子のニアにお化けと妖精達は応援の言葉を投げかける。

「ありがとう、皆。ボク頑張って人になってみせるよ」


純真無垢な明るい笑顔と共に、彼は屋敷の中へと戻っていきます。
その背中を見送るお化けと妖精達は、クスクスと笑って森の中へと帰っていきました。


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次の日。
イリーはまた一人、魔法使いの居る湖畔へと赴いていました。
いつも先を見越しているのか、イリーが訪れると同時に魔法使いは姿を現します。

「……そうかい、明日彼らを森から外へ出してしまうのだね」

一言も何も発していないのに、彼はそう言いながら様子を伺ってきます。

「はい。お洋服や靴、使えそうな本や道具…お金は古いものしかあそこにはなかったけど、宝石や銀食器を準備できるだけ用意したの。それから…」

「あぁ…旅立たせる準備は大変だったろう。よく頑張ったね」

「……これも愛の一つとなり得てますか?」

「勿論だとも。とても『優しい君』からの贈り物はたくさんの愛が籠っている」

ほっと息を吐き、魔法使いを見上げたイリーは空元気な笑みを浮かべた。

「あの…変なこと聞くかもしれないのですが、あのお屋敷に以前住んでいた人たちのことをあなたは知っていますか?」

「お屋敷の前の住民かい?知っているとも」

魔法使いは杖で湖面をつつき、イリーに覗き込むよう促します。

「もう随分昔のことになってしまうがね…あのお屋敷に住んでいた家族はとても賑やかで楽しい人々だった」

湖面を見ると、はっきりとは見えないが写真に写っていた家族らしき人達の屋敷での出来事が映し出されている。
嬉しそうな顔、楽しそうな顔、希望や自愛に満ちた顔……。

「しかし、生きとし生ける者達には最終的に『死』が待っている。それは君も知っているだろう?」

その言葉にイリーは静かに頷く。
何を意味するか、言われずとも分かってしまう。

「あぁ、とても幸福な場面だけ見せたら勘違いさせてしまうね」

魔法使いは湖面をまたつつく。
そこに映し出される人物は同じだが、表情はどれも先程見たものと違った。
不安な顔、悲しみに涙が止まらない顔、怒りに溢れた顔…。

見ているととても胸の辺りが苦しい感覚を覚える。

「イリー、君はね、まだ全ての『アイ』を与え切れていない。その形は幸福なものばかりじゃないということを知るべきだ」

「わたし、は…」

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――――――――

舞台の暗転。

「選択は自由だ。私はこの物語の顛末を既に知っている」

一人スポットライトを浴びた魔法使いは、客席に座る人々やポケモン達に語り掛ける。
そしてトン、と杖を地面に突く。

「皆が思い浮かべた結末かどうかは知り得ない」

「隣に在る『一番大事な者』。隣に在る『赤の他者』」

「それはまた誰かの『赤の他者』で、誰かの『一番大事な者』」

「ア≒イとは何か。答えは出ずとも、その先の生に見出しておくれ」

再度杖を突く音と共に、スポットライトが消える。


――――――――


――さぁ、明日を迎えるとしよう。

物語の終わりは、始まりでもあるのだから。


ア≒イ―第二幕―より

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