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成長抑制

コランダの秋のイベントも終わりの時間が近づいてきた。
日も落ち始め、木々の葉を揺らす風も温度が下がり始めただろうか。

「……どこまで経験を積んでいるの?」

不意に問いかけられた言葉に私は首を傾げる素振りをするが、目の前の彼が何を言っているかは分かっている。
主語がなくとも、こちらを見てきた瞳が一刻だけ空へ向いたからだ。
鳥が羽ばたく音が聞こえる。

「プリュムは……本当はもう最終進化までいけるぐらいなんでしょう?」
「ドウデショウネ?ドウシテソウ思ッタノカ聞イテモ良イデスカ、レゼル君?」

言いながら空を飛んでいるフクスローを今度は自分が見上げる。夜行性な性質から、徐々に暗くなっていく周りに気分が上がっているのだろう。おまけに森林という自然に囲まれているなら尚更。

「フクスローに進化してそんなに間もないはずなのに、身体への戸惑いも無いし技への理解度が高い気がしたんだ」
「ソレハソウカモシレマセンネェ…ホラ、一緒ニ居ルレゼル君ニ似テ勉強熱心ナ所モアリマシタシ」
「……オワゾが教えたの?」
「イエイエ、ワタクシハ何モ」

確かにプリュムがモクローの時に夜間の散歩に連れて行ったことは今までで何度もあった。望まれれば自分の手持ちの鳥ポケモンでトレーニング相手をしたこともある。
ただ、決定的な大きな経験値を与えたことは無い。それは自分の手持ちではなく、レゼルの手持ちであるからだ。

「レゼル君ガ思ッテイルヨリ、プリュム君ハ大キク成長スルコトヲ望ンデイルノデスヨ」

その言葉に目線が下へ落ちる彼を眺め、これははっきり言っておくべきかと一つ咳払いをする。

「貴方ガ貴方自身の成長ヲ望ンデイナイコトヲ、彼ハ分カッテイマス。ダカラ、目ニ見エル成長ノ証デアル『進化』ヲスルコトニ少ナカラズ躊躇シテイタノデス」
「僕の望みは関係ないでしょ。そんなの……自由にしたら良いのに。それに僕の身体だって目に見えて成長はしてるし」
「ソノヨウニ顔ヲ曇ラセテイル貴方ノ傍ニ居タラ、進化シテモ喜ンデクレナインジャナイカト思ッテシマイマスヨ」

言葉は通じなくとも、表情や仕草で気持ちは通じてしまうことはある。親愛なる相手に嫌な顔をされたら嫌だなと不安に思うのは生物なら大多数がそうだろう。
まぁ、レゼルという少年は元々一部の表情に制限が掛かっているようなそんな節はあるが、感情が希薄というわけでもない。

「プリュム君モデシタガ、ラジェムサンモ未ダニ進化シナイノモ同ジヨウナ理由デショウ」

ヴィークマーケットにて一人で露店を見て回った時に進化の石を売っていた店があったのを聞いた。彼の手持ちのラジェムというイーブイは進化先を自分で決めたらしく、石を購入したそうだがすぐには進化をしなかった。その理由もほぼほぼ同じなのはなんとなく見ていて分かった。

「……」
「ワタクシガ貴方ヲコノ地方ヘ連レテ来タノハ、成長シテ頂キタカッタカラナノデスガ」
「……どうして」
「ソレガ、ワタクシノ『幸福』ニ繋ガルト言ッタラ?」

はっとしたように目線を上げ、こちらを見てくる二色の瞳は酷く焦りの色が見えた。

「オワゾの『幸福』って、何?」
「ソレハデスネ、貴方ニ不幸ニナッテモラウ事デスヨ」

言っている意味が分からないのか、反応に困ったのか。その場に縫い留められたように固まってしまった彼に近づき、頭を撫でる。

「アァ、ナント幸福ニ生キタ王子ノヨウナ貴方。今マデ受ケタ幸福ヲ他者ニ分ケ与エタイトイウ思想。美シイデスネ?」
「僕の価値を馬鹿にしているの?」
「イエイエ、賞賛シマストモ!貴方ハ望マレレバソノ美シイ髪ヲ切ッテシマウコトモ、宝石ノヨウナ瞳モ、果テハ健康ナ臓器ダッテ明ケ渡シテシマウノデスカラ」

気に障ったのだろう。頭を撫でていた手を振り払われた。
そうでなくてはいけない。今までどうして私に対して疑心を抱かなかったのかがおかしいぐらいなのだ。
お前の事は全て知っている。
生まれた時から現在に至るまでの記録を、調べつくしている。
家族のことも、所属している聖歌隊のことだって。
それだというのに私から逃げようとせずにいる異常な子供を私は見ていた。

「僕の価値は今しかないんだ……!大人になってしまったら僕が目指した欲しかったものも手にすることはできなくなる。それが狙いだと言いたいの!?」

珍しく声を荒げた彼に驚き、飛んでいたプリュムや近くにいたラジェムは傍に寄ってくる。
彼の影に潜んでいたゲンガーのアマルは私に向かって怒っているような気配を向ける。

複雑な事情で旅の同行はしていたが、こちらも時間が無いのは確かで。
私に対抗し得る力を身に着けてもらわねば一方的にこちらの望みのまま終わってしまう。
それはフェアではないと思ったから、成長を促したというのに。
少しはマシになったかどうか。

「レゼル君。一度ワタクシハ元居タ所ヘ帰リマスガ、ドウシマスカ?」
「国にってこと?」
「ハイ。貴方ハコチラニ残ルカ、一緒ニ帰ルカ選択シテクダサイ」
「そんなの、帰るに決まってる」

それはもう今すぐにでも国に、聖歌隊がある場所、家族のいる所へ帰りたいという答えになるのは知っている。

「デスガ、ヤリ残シタ事モアルデショウ?ソレニ帰ルニシテモ準備モアリマスノデ……ソウデスネェ、来年ノ春ニハ発チマショウカ」
「春って……」
「デハ具体的ニ決メテオキマショウ。貴方ノ誕生日ノ4月2日トイウコトデ、覚エ易イデショウ?」

レゼルの傍から離れ、イベント会場の出口へと戻る道を先に歩く。
すぐに後に続く気配は無かったが、いつまでもそこに佇んでいる程賢くないわけではないと知っている。
軽く咳き込みながらも、ゆっくり考えながら戻ってくる様子はある。

猶予を与えた。これは自分が出来るギリギリの譲歩でもある。
不幸が彼を救うだなんて、本当のことだとしても信じてもらえていないだろう。それで良い。疑心を持ってもらうのがこの旅の目的の一つでもあった。
嘘は言っていない。嘘は言わない……冗談は言ったりするが。

私は――俺は、彼の心臓が狙いだということはまだ言えなかった。

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