みなも表紙2

月のない踊り子

パシャリ…パシャリ…。

足元に寄ってくる波を踏みしめ、夜の海を散歩している。
とても静かな黒く青い空間を照らすのは空に浮かぶ月。
この場所は7年前の合宿でもよく来ていた場所。


「おつきさま…」


月を見上げぽつりと呟く声は、波の音にさらわれていく。
風が長い髪をかき上げていく。

夜に考え事をするのは適切では無く、どんどん自分の暗い部分が漏れ出すようで嫌なのだが。
なんとなく、命の潮時を感じてしまった今では、別段もう良いだろう。
自分の大好きな『おつきさま』も、今はいない。

愛していた。心の支えだった。

一人前の忍びになる修行をしていた時からずっと。
家族で相棒で師匠でずっとずっと一緒だったはずなのに。


「むらさめは、もう、みなものおつきさまじゃないのです」


月が綺麗だという言葉は本当で、自分にとって彼はそれはそれは輝かしく立派なおつきさまで。
誰よりも隣に居られる相応しい私でいたくて。
お揃いが良くて髪色を一緒にしてみたりして。
こんな気持ちをずっとずっとずっと持っていたのに、伝えきれずに"彼女"とつがいとなってしまって。

嬉しいと苦しいでたくさんだ。
幸せを願う反面、自身は生きるのを躊躇う。

忍びにならない道を選ぶには全てを切り捨てなければならなかった。
家族も、里の者達も、縁がある者すべてを。
これは保身もあるが、関わった者達への被害へならないようにするという意味もある。
無論、パートナーであったむらさめも例外ではなくて。
本当なら早々に離れてしまわなければ彼の幸せも願うことができないというのに。
ずるずると一緒に旅を続けてしまったのは、自分が優柔不断で弱くて情けない生き物だったからで。
ここに来ても優しい思い出が首を絞めるだけなのに。


「…恋してたなんて、可笑しな話」


ぽろぽろと頬を伝う雫をよそに、口元は笑っている。


「挙句に勝手に失恋までして…彼を困らせたくないのに」


つがいの彼女はとても素敵で優しく愛らしい。
傷一つなく、肢体は美しく、甘く良い匂いもする。

身体の化粧を落とした自分は傷だらけで、髪質も良くない。
ささやかでシンプルな可愛らしいお洋服を今は着ているが、やはりこんなもの似合わない。
誰もいない、こんな時ぐらいしか着る勇気がない小心者。


どうせ、消されてしまうなら。


「着てみたかったんです。…先輩」


振り返ると、いつの間にか黒い影が一つ増えていた。

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