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月光浴

日が落ちるのが段々と早くなる季節を迎えたある日のこと。
夕食と湯浴みを済ませ、明日の移動に向けて持ち物の整理や地図の確認、そして勉強のまとめを静かにしていた。

自身のルーティンをほとんど崩さないトレーナーのレゼルは、室内の時計を見やりそろそろ就寝時間が近いのを確認する。
規則正しい生活により、こちらの地方へやってきてから身体の成長が著しく感じている。
何ら問題のないことではあるし、この年頃の男子ならば普通のことなのだと一緒に旅をしているオワゾから何度か言われている。
着ている服もサイズが合わなくなり、少し大きめに仕立て直したこともあったが、すぐに丁度良くなってしまった気がする。

そのくらい目に見える変化が起きていることが、不安に思うのだ。
ポケモンで言う進化がこういうことなのだろうと頭では分かっているのだが、自身の中では全く嬉しくないことの一つになる。

椅子から立ち上がり、部屋のカーテンを少し開ける。
宵闇の空に明るい月が昇っていた。

「……僕は変わることを望んでいない」

窓ガラスに映る自分を見つめ、小さく呟く。ひんやりとした外の空気のせいか、吐息が窓を曇らせた。


コンコン。

ぼーっと窓の外を眺めていると、部屋の扉がノックされる。
来訪者は限られており、この時間帯のタイミングならおおよそ予想はつく。

「どうぞ」

「失礼シマス、レゼル君」

部屋に入ってきたのは、鳥のような黒いマスクをした男性。片言な口調で話すオワゾだ。
予想通りの来訪者で、外へ出る為にコートを着こんでいる。

「プリュム君ヲ迎エニ来マシタヨ」

そう言うか早いか、名前を呼ばれたモクローのプリュムが元気に羽ばたき、オワゾの腕へと留まる。

迎えというのは、夜行性であるポケモンを連れての散歩のことだ。
人とポケモンの習慣とは違うもので、活発に行動する時間帯も違っていたりする。
本来なら定期的に夜の散歩をさせるのはそのトレーナーであるレゼルがするべきなのだが、夜更かしをほとんどしたことがないのと、深夜に子供が出歩くのは危険なこともあり任せている次第だ。

「……」

「レゼル君、本日ハ少シ肌寒イデスノデ、暖カクシテ寝テクダサイネ」

そう言って部屋の扉から出て行こうとする背中を見送ろうとした時。
急に喉から胸にかけての違和感があり、咳き込んでしまった。
最近咳き込んでしまうことが度々ある。

俯き咳き込んでいると、近くに戻ってきたオワゾが背を軽く撫でてくれた。
プリュムも心配そうにこちらを見つめ首を傾げている。

「少し咽ただけだから、大丈夫」

「ソウデスカ……?」

「……」

「フム……レゼル君、少シダケ一緒ニ オ散歩シテミマセンカ?」

「え?」

唐突な提案に疑問符が浮かぶ。少し咳き込んでいたのを見て、何故そんなことを言い出すのか見当がつかない。
よく分からない人だ。何を考えているかは普段から分からないところも多いが、それにしてもだ。

「無理ニトハ言イマセンガ、宜シケレバ」

プリュムが乗っていない方の手を差し出してくる。
少しの間の後、差し出された手は掴まずに踵を返し、上着を着てその場に戻った。
オワゾは、夜のお散歩についていく意思を見せたレゼルの首に優しくストールを巻いた。


冷たい夜風が頬を撫でていく。
昼間の賑やかな街もすっかり静まり返っており、街路樹の葉が擦れる音が聞こえる。
街灯の暖かな色が寒さを和らげてくれるようなそんな錯覚を覚えた。

すれ違う人影が全く無いわけでもなく、遅い仕事帰りと思われる人やどこかで食事会でもしたかのような人達がいたりした。
自分と同じような年頃の子供と一人もすれ違わなかったのは、やはりこの時間帯に子供が出歩くことの珍しさを物語っている。

プリュムは元気に夜の空を羽ばたいて旋回している。昼間も元気ではあるが、やはり夜の方が活発になるのだろう。ご機嫌に歌を歌っている様子も見られた。
そんな姿を眺めつつ夜の散歩をしながら、ふと思ったことを口に出してしまった。

「……窮屈に感じてたりするのかな」

「ソンナコトハ 無イト思イマスヨ?」

疑問を投げかけたわけではないが、隣を歩くオワゾが返答した。

「窮屈ト感ジテイルナラ、彼ノ生態的ニ勝手ニ出歩コウト反抗シテクルハズデス」

性格に個体差はあっても、本能は変わらない。元々モクローやその進化系統は昼は光合成をして力を蓄えておき、夜には獲物を狩る為に行動する。
生きる為の習性なことから、レゼルの元で安定した食事やバトルでの技磨きをしているから大丈夫だと教えてくれる。
鳥ポケモンに関してなら本当に様々答えてくれる人だからなと納得する。

「本日ハ一段ト元気ナ様子デス。レゼル君ガ珍シク一緒ダカラデスネェ」

「そうなんだ……?」

再度プリュムを見上げると、その双眸と目が合う。
空中で数度羽ばたき、そのまま自分の元へ急降下してくる。
音も無く近くまで寄ってきたことに少々驚きつつも、そういえば羽音を立てずに近づく能力があることを思い出す。
彼もまた成長をしており、羽根を広げた姿も一段と大きく見えた。

「大きくなったね、プリュム」

「ピピッ!」

その言葉に返答するように鳴き声を上げ、今度はオワゾの方へと飛んでいく。
何か催促しているような様子で、杖を持っている彼の手をつついている。

「オヤオヤ、バトル ヲ シタイ 様子デスネ」

「いつもしてたりするの?」

「催促サレタ時ニハ少シダケデスガ。レゼル君ガ オ勉強スルヨウニ、プリュム君モ オ勉強ヲシテイルノデス」

あくまでもトレーナーはレゼルな為、本格的なトレーニングまではせずにいるらしい。
刃羽根の投擲練習相手だったり、バトル相手の背後を取る練習だったりと日中に行っていることの復習のようなものをさせていたという。

「サテ、丁度公園のバトルコートモ見エテキマシタシ、一戦ドウデショウ?」

いつの間にか街の公園までやってきていたのに気が付く。誰もいない静まり返ったバトルコートまでプリュムは飛んで行った。
そしてオワゾが持っている杖を二度軽く地面に突き音を鳴らすと、どこからかホーホーがやってきて肩へととまったのが見えた。

「暗イ フィールドバトルハ 一味違イマスヨ♪」

「やってみるよ」

バトルコートを挟み対面になるようにそれぞれ移動し、軽い一礼の後。
夜に活発になる鳥同士のバトルが始まったのだった。


「ソコマデデス」

オワゾが手を叩き、バトルの終了を告げる。
バトルコートのフィールドに二匹の鳥は地に足をつけていた。

「ホー…」

ホーホーは疲れたと言わんばかりにペタリと地に転がった。オワゾはそれを抱きかかえ、労わるように頭と嘴を撫でる。
一方のプリュムも多少の疲れの色は見せているものの、頑張ったと言わんばかりに羽根を広げている。
レゼルも抱きかかえようと近づこうと足を踏み出した時だった。

「プリュム……?」

月の光がスポットライトのようにプリュムへと降り注いでいるように見えた。
次第に全身を光が包みはじめ、モクローの姿であるはずのその影が形を変えていく。

もしかしなくても、今、この瞬間。

「進化、したの?」

初めて対面したその事実にレゼルは固まった。目前には見慣れた姿のモクローはいなくなっており、代わりにいたのはさらに大きくなった進化したプリュムの姿だった。

「ブラヴォー!オメデトウゴザイマス、プリュム君。立派ナ『フクスロー』ヘト進化致シマシタネ♪」

ホーホーを抱きかかえたまま、軽く拍手と賛辞を贈るオワゾには何もアクションを起こさずに、プリュムはレゼルの前へと近づいて行った。
少し照れているのかソワソワと羽根を震わせ、トレーナーの様子を伺っている。

レゼルはしゃがみ込み目線を合わせたかと思うと、手を伸ばして進化したてのプリュムの頭をそっと撫でた。ふわっとした羽毛が温かく、手触りがとても良い。

「また、大きくなったね……プリュム」

ふっとぎこちない微笑を浮かべ、目を伏せる。そのまま抱き寄せて自分の顔が見えないように呟いた。

FélicitationsおめでとうPlume.プリュムTu as fait de ton mieux.よく頑張ったね

もうあのグローブは使うことが無いのかなと少し寂しさも感じた。
今の自分では、手に乗せてあげることも抱えてあげることもきっと出来ないのだから。

僕は変わることを望んでいない。でも、周りが変わってしまうことは止められない自由。
『いつまでも』は永遠では無いことを、また知った日だった。

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