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夜の山登り

「おばあちゃんは夜になるとな、みんなで山に登らされて、しんどいんやわ。本当に怖くてね……高い山で」

これが私が祖母と交わした最期の言葉だった。もう十年ほど前になる。
今日、一日長い運転をしていたけれどこの言葉が頭から離れなかった。なんとなく、思い出したタイミング的に一寸考えるべき事なのかななんて思ったのだ。そうして数時間掛けて私は祖母についてのことを思い出していた。

夜の山登り

もちろん精神科のベッドに横たわる老人達を夜に山に登らせることは不可能だし、せん妄であるんだろうなと思う。

「そう。大変やねおばあちゃん」

こんな会話をしてまもなく祖母は亡くなった。棺桶の中の祖母はいい笑顔だった。
もしかしたら夜の山を登りきったのかもしれない。

祖母は、花が好きで、学校の先生をしていて、子供が好きで、あちこち旅行が好きで、友達が多くて、慕われていた。
らしい。

らしいというのは私が知る限り祖母は若くして認知が入っていて、手がつけられないほどの被害妄想を吐く奇怪な人間だったからだ。

でも、祖母もそれなりに苦労したのだ。
世間からかけ離れた家業を継ぐ祖父に嫁いで、苦労をしたのだ。
普通の人なら穏やかな生活を送る年になっても苦労をしていたのだ。そんなことを最近知った。

夜の山のぼり

祖母にとって歳を重ねることはもしかしたら夜の山登りのように怖くて暗くて辛いものだったのかもしれない。細い崖を登り、何かにつまずき、なにかに追われ、休む暇もない。

むしろせん妄だとおもっていたあの言葉のほうが祖母の生きている本当の世界だったのかもしれない。

「おばあちゃんは夜になるとな、みんなで山に登らされて、しんどいんやわ。本当に怖くてね……高い山で」






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