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『フォールアウト』そのほか映画とマンガの話

今週観測したコンテンツの記録。


完全版 殻都市の夢

外殻都市と呼ばれる、階層都市を舞台にしたオムニバスSFマンガ。
警察官のバディふたりがメインの登場人物で、さまざまな事件に出くわすというもの。
作者は『ぼくらの』『なるたる』、そしてエヴァ破の冒頭に出てくる使徒をデザインした方、鬼頭莫宏

連載はマンガ・エロティクス・エフで2003年から2005年にわたって掲載されたもので、本書はその完全版。
旧版の全7話にくわえ、書き下ろしの新エピソードが追加。

エロティクス・エフ連載ということで、成人マンガとまではいかないのですが、性描写もありのマンガ。
セカイ系の作品らしさがあり、世界観の詳細は述べないまま、中心となるのは男女の関係と性愛。
似たテーマを探すなら『最終兵器彼女』とかでしょうか。

バラバラのエピソードで全体を示すやり方はライトノベルの『ブギーポップは笑わない』を思い出すもので、あれは大きな物語がなくなり、小さな物語(個人それぞれの生きる意味、物語)に従って生きているのだという認識を描いた作品だったように思う。
『殻都市の夢』ではむしろ最後に語り部があらわれて、いままでのエピソードを語っていたのだという外枠が加わり、逆に大きな物語を提示するというアクロバットなオチがつく。

書き下ろしのエピソードは、素粒子の記憶を読み取って過去の情景をのぞこうとする話なのですが、これがいい。
約19年の時を経た作者による自作の再観測なのだ。結論は変わらないけど。

フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

アポロ計画推進の資金を調達するため、やり手のPR業者がNASAを宣伝するために雇われる。
巧みな嘘をつくヒロインと、正直者のロケット発射責任者が、人類を初めて月へ到達させるためにタッグを組む。

はじめは陰謀論をあつかった社会派映画か、捏造に屈せず月へ行くというフロンティアスピリットを称揚する映画かどちらかだと思った。
答えは若干後者で、60年代を意識したロマンス・コメディを、アポロ計画のなかで描くというものだった。

ガチのえぐい陰謀とかはなく、楽しく見れる恋愛コメディ映画でした。(それがちょっと肩透かしではある)
スカーレット・ヨハンソンがプロデューサーをしており、レトロなファッションとR&Bを劇伴にしたおしゃれな映画で、実は女性におすすめかも。

フォールアウト

くしくも同じ60年代をとりあげるドラマ『フォールアウト』
2024年4月にAmazonプライムビデオにて配信のテレビドラマで、原作はベセスダによる同名のビデオゲーム。
核戦争後のアメリカを舞台にしたRPGで、現在ドラマ効果でプレイ人口が6割増加している。私もそのひとりだ
製作と監督をかってでたのはクリストファー・ノーランの弟、ジョナサン。

ドラマ版はオリジナルストーリーとなっており、2077年の核戦争で崩壊し200年以上が経過したアメリカで、Vaultと呼ばれる核シェルターに居住するルーシーが地上の襲撃者に父親をさらわれ、とりもどす旅にでるというもの。

地上世界は、グールと呼ばれる放射能を浴びた変異体のクーパーが象徴するように、暴力がはびこる無法地帯、ルールのない世界だ。
そんななかに、Vault育ちでルールを重んじる真面目なルーシーがほうりこまれるというのが、ひとつ興をそそるおもしろい点。

ルーシーの物語は神話的で、共同体をでた彼女が、試練にたちむかい、父親と対峙する。
物語の中盤は、逃亡した科学者の首をめぐる争奪戦となり、そいつの首にうめこまれた低音核融合のアンプルがキーアイテムとなる。
アンプルは無限のエネルギーを生みだすいわば聖杯で、これが現状に平和をもたらす……かどうかはシーズン2にかかっている。

本作はいわゆるポストアポカリプスの世界で、ポストアポカリプスとは、なん度も指摘されているかもしれませんが、ユートピアをえがくジャンルだ。
現実の政治や社会問題はいったんおいといて、暴力が支配するシンプルな世界に書きかえることで、ユートピアを創造している。

そこには1960年代のノスタルジーと、西部の復活がある。
『フォールアウト』シリーズの美術はレトロフューチャーかつミッドセンチュリーで最高にイカす。

そしてクーパーの存在は露骨に西部劇で、彼は俳優でハリウッドでガンマンを演じたことがあり、(ジョン・ウェイン的存在なのか?)終末後の世界ではほんとうに拳銃をもった孤独なアウトローになってしまう。
これは西部劇の変奏なのだ。
選曲も60年代へのオマージュとなっている。

ノスタルジーにかんする心理学的な説明のひとつに、現状の世界に対する不安の逃げ口として、癒しをあたえているという説がある。
社会の安定を、過去の世界に求めようとする気持ちがノスタルジーだ。
『フォールアウト』は終末癒し系コンテンツとして、たのしいドラマなのだ。

ほかのポストアポカリプスものと違うのは、世界に終末がもたらされた原因を探るプロットが組みこまれているところで、単純にユートピアを設定したいから核戦争が起きた(『マッドマックス』『AKIRA』)とかではなく、核戦争がなぜ起きたのか、その理由がシーズン1のクライマックスの大オチとして用意されている。
世界の謎をときあかすギミックがある点で、まぎれもなく本作はSFだ。

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