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もっと余白がほしい

 塾のイメージというと、来る曜日が決まっていて、担当の先生がいて教わる。終わったら宿題がでる。時々テストあり
 うちはその真逆。時間曜日フリー、家で出来ないなら、ここでやろうよというスタンス。一歩間違えるといい加減になりかねません。
 しかし決して手を抜いているわけではありません。私もこの塾を始めたときは、きちんと枠を決めてやっていました。宿題も出してました。でも、だんだん生徒自身がやらされている感を出してきたのです。宿題も次の塾がある直前にやっつけ仕事も珍しくない。あげくにはやったけどノート忘れたとかの言い訳も・・・。不毛になるので、だんだん突っ込まなくなりました。
 それならばいっそのこと生徒達に任せてみようと、今の形にたどり着きました。当然、塾側がリードしてガッチリ教えてくれた方が良いとお考えの方は他に移っていきました。それも当然だと思ってます。しかし塾はあまたあります。うちなりの旗印を鮮明にして、選択肢として提示しようと思いました。
 結果、緩い監視状態の方が良いという生徒が残ってくれた感じです。直接教わらなくても、誰かに見ていてほしいという需要は確実にあるのです。
今は少子化なので、子供相手の商売の場合は、あれこれ手をかけてレールを敷いていった方が見栄えは良いと思います。〇〇システムなどなど・・・、理論優先。
 でも、子供達はいつか大人の手から離れて独立するのです。いつまでもレールを敷けるわけではない。やはり自分の頭で考えて試行錯誤する場面は必要なのではないか?そう思って今の形にしてます。
子供達の生活に余白がほしいんですよね。しかし現実はその逆。その隙間を、〇〇した方が良いよね!という「正論」で埋めにかかる。間違ってはいないのですが、どうしても違和感を感じます。
 だからといって、有意義に過ごすとは限らないのですが、それはそれでいいと思います。彼らだって考えています。どこかで埋め合わせしようとしている。そのフックの場でありたい。そう思うのです。緩いと言われればそうですが、私もこの仕事をいつまで出来るかわからない。でも身軽な立場になったからこそ、やりたいようにやって、世の中に問うてみようと思ったのです。
 小難しいことをいってますが、シンプルに考えて、お子さんのお役に立てると思ったら、お付き合いいただければ幸いです。お子さんが嫌がらずに来ていたければそれだけで大変ありがたいことなのですから。

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