機会損失

「嫌なことは全部吐いちまえ」
 そう言われたから、全部出した。結果、なにも出なかった。
 膝立ちで俯くあたしを前に、所在無げに立ち尽くすのがうざく感じた。さっきまで救世主みたいに見えた横顔は、乾いた果物にしか見えなかった。
 追いすがる彼をその場に残して、あたしは帰路へとついた。歩けば三十分はかかる道のりだったけど、自然と足は進んだ。

 日曜の夜。刻一刻と過ぎる時間はいつもより損してる気分にさせる。
 でも今日は違う。歩き慣れない道を一人ふらつきながら流されていくこの瞬間が、塩分のように身体に染み渡る。非日常はなにもアクティビティに独占されたわけじゃないんだ。そんなことをぼんやり考えながら、あたしは流れるプールに身を任せるように漂った。

 家の扉は思いのほか重かった。マイホームの玄関はむんとして、ホームレスみたいに夜風で寝たくなった。
 天井の明かりをつける。やたら眩しいけど、その光は無音で、孤独だった。
 やっぱり電気を消して、汗ばむ体を無視したままベッドに倒れ込む。枕元のリモコンでテレビをつけて音量は最小にする。パッパッと画面が切り替わって、人がスクリーンセーバーみたいなモノになってしまったみたいだ。
 テレビに背を向けて壁に寄り添うようにベッドの端へ。
 あたしには仕事があって、彼氏がいる。女友達も多いし、熱中してる趣味だっていくつもある。行きたい場所だって、見たい景色だって数えきれないくらい。
 だけど、あたしは。
 あたしは、他人じゃない。でも、自分は、他人じゃない、って言い切れる?
 あたしは、いつからあたしなの? あたしは、いつからあたしになれるの?
 あたしはいつから始まるの?

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