穴見便利相談所~穴見さんと頭脳派美人秘書~

「穴見さん。やっぱりないですって。もうあきらめましょうよ~」
 アスファルトにぴったり這うようにして排水口の中につっこんでいた頭がぬっとりと抜け出てきた。
「お前ねえ。自分が取ってきた依頼をお前が諦めてどうするんだよ!」
 電柱に照らされた穴見さんは怒っている風だった。口を半開きにしたままむすっとした表情で、半袖シャツを肩まで捲った腕で顔の汗を拭っている。ハンカチを貸そうかとも思ったけど、あまり清潔そうな状態ではないのでやめた。
「はい。あきらめません。だから穴見さんもあきらめないでください」
 穴見さんは蒸気機関のように大きな鼻息を吐いて、無言で排水口へと戻っていった。その背に覇気は明らかになかった。月はすっかり高い位置にある。

 依頼人の話ではちょうどこのあたりの溝へ指輪を落としたのだという。新婚の旦那さんからもらった結婚指輪を溝に落としたなんて言い出しづらく、駅前の古ぼけた(穴見さん曰く趣がある)ビルの一室にある「穴見便利相談所」へと彼女はその足を伸ばしたのだ。

 かれこれ一時間かあ。ピンクの小さな時計は12時をまわったところだった。
 今日の夕方依頼を私が受けて、友人との飲み会から帰ってきた穴見さんはその話を聞くやその足で現場へと向かった。そしてそのまま一時間。
 大きな口を開けて眠い目をこする。さっきよりも深く入った穴見さんは下半身だけの人間みたいだった。

「はあ。駄目だ。本当にここらへんなのか?」穴見さんは地面に尻餅をついたまま空を仰いでいる。
「穴見さんあきらめないでくださいよー」
「諦めてねえ! だから場所を聞いてるんだよ。で?」横目でちらりとこちらを伺う穴見さん。
「ここで合ってますよ。ちゃんとご本人と確認したんですから」
 そうか。それだけ言うと穴見さんは静かになってしまった。
 うーん、そろそろ私の出番なのだろうか。私は専ら事務職担当で現場での活動は穴見さんがほぼ引き受けていた。とはいえ、簡単だと思って今回の依頼を勝手に受けたのは私だし、一肌脱ぐ必要がありそうな気はしないでもない。立ち仕事はキライなんだけど。
 腹を括るべく、穴見さんが見ているように空を仰ぐ。黒の絵の具を塗りたくったような空にぽつんとちっぽけな月が漂う。
「うし。やるか」ぼーっとしていたら再び穴見さんがやる気になってしまった。
「穴見さん。ちょっと待ってください」
「ん?」
「月を見ていたら大切なことを思い出しました」
「なんだ?」
「指輪。ダイヤがついてるんですよ。それも大きな」
「ほお。それで?」穴見さんは不思議そうな顔で続きを促す。
「ケータイの明かりでも十分反射すると思うんです」
 穴見さんは黙ったままだ。私はドヤ顔を決めこんで穴見さんの反応を待つ。
 穴見さんがやっと口を開いた。
「早く言え」

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