二択実験

「ここはどこだ」
 目を覚ました彼らは辺りを見回しながら自然と口々にそう呟いた。
 高尾もなぜ自分がここにいるのかがわからない、そんなうちの一人だ。

 高尾は今室内にいるということだけを理解していた。なぜなら目に映る壁も天井も床も、そのどれもが真っ白に塗りたくられていたからだ。
 しかし、それは誤った表現だと、高尾はぼんやり眺め続けるうちに思い至った。この白さは「塗られた」なんて言葉で形容されるものではなく、色が無い――文字通り、無色を表しているかのように無機質だったからだ。だからどこまでが空間でどこからが物質なのか、ひどく境目が曖昧で希薄だった。直近の記憶がないことに加えてこの空間である。現実味のなさを演出するには充分すぎるほど一役買っていた。
 高尾は焦りや不安を通り越して、異空間へ召喚された主人公のような心持ちになっていた。まあそれだと50人は主人公がいることになってしまうなと、周囲の人間を見ながら高尾は内心苦笑した。

「ようこそ」突然室内に声が響いた。中年男性らしい声だった。モニターやスピーカーは見当たらないが、放送のようだった。
「三点お伝えすることがございます。一、みなさんは無作為に選ばれた50人です。選考基準はございません。二、今からとある実験を行います。といっても、簡単な二択問題を選択していただくだけです。最短で5分、最長でも2時間ほどでみなさんは解放されます。三、質問や要望は一切、受け付けません。以上です」
 一方的な通達が終わると場は一気に騒がしくなった。無理もない。誰だって文句を言いたくなる。

 途端、音声が流れ早速実験とやらが始まった。連動して天井に映像が映し出された。
 問いはこうだ。
「私はA、AB型だ。 → 1の部屋へ。私はB、O型だ。 → 2の部屋へ」
 すると、さっきまで真っ白だった左右の壁がいつの間にかそれぞれ扉となって開放されている。
 高尾はとりあえず1の部屋を目指した。ぞろぞろと人の波が動く。移動した1の部屋というのも相変わらず真っ白だった。
 全員が移動し終わったのか、ほぼ半数ほどの人数になったところで最初の部屋へ通じる扉が閉まり、また密室状態になった。
 そこからはすべてが繰り返しだった。東日本出身か、西日本出身か。短髪か、長髪か。ポジティブか、ネガティブか。はっきり言って、時間の無駄と思えるような質問が続いた。
 最短5分で終わるとの話だが一向にその気配はなく、ただ消耗するだけの時間に高尾含めまわりの人間もうんざりしている様子だった。その証拠に10問を過ぎたあたりから座り込む人間がちらほら現れた。

 気が付けば高尾と同じ回答を続けた人間は3人にまで減っていた。違う選択肢を選んだ人間は解放されたのだろうか。それとも。
「私は噓つきだ。 → 1の部屋へ。私は正直者だ。 → 2の部屋へ」
 見上げる首がいい加減が痛くなっていた。重い足取りで部屋から部屋へ移動する。ふと気づくと、ここでいよいよ高尾は一人きりになった。
 扉が閉まる。すると「ご協力ありがとうございました。あなたはただ一人の選ばれた人間となりました。正面の扉へとお進みください。もしお疲れのようでしたら、そちらの部屋でお待ちいただいても構いません。スタッフを派遣いたしましょう」
「あの、僕は何に選ばれたんですか? たった一人の合格者ならその理由ぐらい知ってもよいでしょう」会話できるのかわからないが、高尾は無意識に声を出していた。

 やや沈黙があって「そうですね。お話しましょう。今から行うのは正真正銘の人体実験です。それも秘密裏に行われる。つまり当選者といっても当たりではなく、残念ながらハズレです。さきほどまでの質問はあくまでも単純な”ふるい”でしかありません。そして、あなたはさきほどのすべての質問に嘘をつきました。そのような人間はあなただけです。・・・・・・まだ説明したほうがよろしいですか?」モニターの男は面倒くさそうに首を傾げた。

 高尾はモニターに向かってにこやかに笑いかけて、それからゆっくりと歩み始めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?