情けは人の為にならない

 パパからの手紙が届いた。月に一度、決まって木曜日に真っ白な封筒に入ったそれは送られてくる。
 これを書いているであろうパパの顔を最後に見たのは、あたしが小学4年生のときだったから10歳。パパと一緒に暮らした時間と離れ離れになってからの時間がとうとうおんなじになってしまった。
 パパはかれこれ10年ばかし、刑務所にいる。

 個人の能力向上、経験機会の確保がなによりも叫ばれ続けた現代。個人の価値を最大化させることで国の競争力を高め、人生の謳歌を奨励する価値主義が繁栄した時代である。
 行き過ぎた個人の優先が叫ばれながらも、政策はそれらの声を軽やかに聞き流したまま着々と彼らの設定したゴールを目指した。その結果、「実践によってこそ己は磨かれる」というスローガンを政府が掲げた。うねりをあげながら道徳を置き去りにしていく刻一刻に、一部の妄信的な信者を除いてただの国民に過ぎないあたしたちは振り落とされまいと必死だった。戦時中のようなトップダウンの熱狂が通り過ぎたあと、あたしたちの眼前に残ったのは声なき無数の蝸牛と凶弾に倒れたマザーテレサたちだった。

 パパは生来のお人好しだったという。その懐は人間を圧死させるほど深く、人々に翼を与えるほど愚かだった。キリストの親戚みたいなパパは変化する時代に合わせて自分を捻じ曲げられなかった。
 パパはいま、刑務所にいる。ほんの10年ばかし、情を捨てきれぬがゆえに彼は犯罪者であり続ける。

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