読んだ本#22

・たくさんのふしぎシリーズ
過去と未来とわたしたち

・訂正可能性の哲学

・言葉の展望台
…謝罪は決して何かの終わりや決着ではないということも解る。誤って解決するのではない。むしろ、謝罪は新しい始まりなのだ。自分が後悔しているということをはっきりと相手とのあいだの約束事とし、その約束事に身を委ねて生きることを、謝罪は告げているのである。(p.137)

・モヤ対談

・うたうおばけ
内線のひと、一千万円分の不幸、冬の夜のタクシー、きぼうを見よう、桃とくらげが好き。

・「利他」とは何か
 ただし、この場合のケアとは、必ずしも「介助」や「介護」のような特殊な行為である必要はありません。むしろ、「こちらには見えていない部分がこの人にはあるんだ」という距離と敬意を持って他者を気づかうこと、という意味でのケアです。耳を傾け、そして拾うことです。
 ケアが他者への気づかいであるかぎり、そこは必ず、意外性があります。自分の計画どおりに進む利他は押しつけに傾きがちですが、ケアとしての利他は、大小さまざまなよき計画街の出来事へと開かれている。この意味で、よき利他には、必ずこの「他者の発見」があります。
 さらに考えを進めてみるならば、よき利他には必ず「自分が変わること」が含まれている、ということになるでしょう。相手と関わる前と関わった後で自分がまったく変わっていなければ、その利他は一方的である可能性が高い。「他者の発見」は「自分の変化」の裏返しにほかなりません。(p.55-6)


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