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名もなき、バス①

 私は理彩。中学2年生。

 なんか...全てがもう、どうでもよかった。


 だから、
 死ぬ事も、別にどうでもよかった。

 ただきっかけさえ、あれば。

 そしてあの日、決行した。

 一緒に手を繋いで。
 飛び降りた。

 自分の人生の幕を、自らおろした。 

 だから、

       後悔なし。

 今宵も暗闇の中、静かに走るバス。
 制服を着たロングヘアーの女子中学生が椅子に座っていた。
 たった1人。
 深い眠りについているのか、顔は俯いていた。

 バスの微かな振動に、意識がもどったのか顔を上げた。
 真っ直ぐ前を見据えて、冷淡な口調で、
「あ、私...死んだ?」
 独り言のように呟いた。
「はい」
 運転手が応えた。
「そっか。死んだんだ」
 真っ暗な暗闇の窓をただ見つめた。

 しばらくバスは暗闇を静かに走る。

 するとバス前方に映画スクリーンのように画面が映し出された。

 2階の部屋で机に向かい、勉強をしている理彩の姿。
 ストレートのロングが際立っている。

 しばらくすると、1階から両親の喧嘩が聞こえ始めた。
 慣れている手つきで耳にイヤホンを当て、大音量に音楽を聴きながら勉強を再び始めた。
 ただ表情は無表情だが、寂しそうな目をしていた。

 学校の帰り道。
 広い木々に囲まれた公園のベンチに座り、そこでイヤホンをかけ、好きな音楽を目をつぶって聴く。
 太陽の光、優しく吹く風。
 ロングの髪がサラサラ風になびいている。

 いつも同じ時間、場所で。
 これが、いつもの日課。

 雨の日も傘を差し、ベンチには簡易のシートを引いて座る。

 この時間だけが唯一、生きている。
 そう実感できるひと時だった。

 いつもと同じようにしていると、髪を一つに束ねた女子中学生が目の前に立っていた。
「なに聞いてるの?」
 突然の質問に目が丸くなるも、イヤホンを外しながら、
「あっ、ごめん。なんて言ったの?」
 聞き返すと、
「あっ、音楽聴いてたのに、邪魔しちゃってごめんなさい!いつもここで楽しそうに聴いてるみたいだったから、つい、なんの曲を聴いてるのかな?って」
 慌てふためいてる姿につい、笑った。
「運命だよ。ベートベンの」
 その応えに意外すぎたのか、キョトンと立ち尽くししていた。
 その子のあからさまな姿に、理彩は自然と笑みがこぼれていた。
「久しぶりに笑った」
 すると、我に返ったのか、
「あ、いや、まさかのベートベンだったとは思わなかったから。だから...その...なんて言うか、びっくりしたと言うか、なんて言うか」
 テンパりながらも一生懸命に喋る姿に一瞬で気が緩めた。
「よかったら、聴いてみる?」
 片方のイヤホンを差し出した。
「えっ?いいの?じゃ」
 ベンチに腰をかけて、お互い片方ずつから流れるベートベンを聴いた。

 これが、彼女との最初の出会いだった。

#小説、#中学生、#家庭不和、#学校嫌い、#友達

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