【書評】小池靖『セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ』 ~自己啓発が胡散臭い理由とは?
2012年2月から、山本一郎さん、中川淳一郎さんと一緒に『ビジネス書ぶった斬りナイト』というトークイベントを開いておりまして、そのなかでよく俎上に載せられるトピックのひとつが「自己啓発」です。
初回からずっと阿佐ヶ谷ロフトAで催されておりますこのイベント。直近では2014年4月22日に7回目を実施しまして、そのときはメインテーマとして自己啓発書をガッツリと扱いました。
毎回なんだかんだで3時間以上、ビールやドクペで泥酔したオヤジ3人が、ビジネス書および周辺事情について口角沫を飛ばしながら、歯に衣着せぬモノ言いで喋り倒すカオスなイベントだったりするわけですが、自己啓発書の回もなかなか白熱しましたねぇ。ちなみに、そのときの振り返りや紹介した本については、こちらをご覧ください。
さて、前置きが長くなってしまいましたが、今回ご紹介する本は、小池靖さんが書かれた『セラピー文化の社会学 ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ』(勁草書房)です。
刊行は2007年8月と少し前なのですが、ビジネス書文脈における、自己啓発や成功哲学について理解を深めるには、絶対にハズせない一冊だと個人的に思っております。とくに、自己啓発につきまとう胡散臭さ、眉唾感といった視点を深掘りしたいときには、とても役に立つ知見を与えてくれることでしょう。
版元による内容紹介は、以下のとおり。
心理学的な発想によって私たちは生き方を決めることがあるのだろうか? 販売員ネットワーク、自己啓発セミナー、アダルトチルドレン・ブームなどを題材に、社会学の立場から現代の「セラピー文化」を分析する。前向き思考、人格改造、トラウマ説は、現代人にとって何であるのか。文化社会学、宗教社会学の双方にまたがる意欲作。
さらに目次はこんな感じです。
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はじめに 心理主義の時代
第一章 セラピー文化の社会学をめざして
1 心理主義、セラピー文化とは何か
2 セラピー文化をめぐる先行研究
3 事例と分析
4 調査方法
第二章 ネットワークビジネス
1 積極思考の広がり
2 「願いはかなう」のルーツ
3 「強い自己」の強調
4 アイデンティティ変容のプロセス
5 他者観と仲間意識
6 ネットワークビジネスと社会
7 積極思考のジレンマ
第三章 自己啓発セミナー
1 自己啓発という発想
2 歴史――潜在能力から自己実現まで
3 「すべての源」としての自己
4 「ブレイクスルー」のプロセス
5 他者との一体感
6 自己啓発セミナーと社会
7 自己啓発は自己を真に解放するか
第四章 トラウマ・サバイバー運動
1 トラウマが強調される時代
2 十二ステップ式自助グループの展開
3 「弱い自己」の台頭
4 トラウマ解放のプロセス
5 他者観――自伝の内容から
6 トラウマ・サバイバー運動と社会
7 セラピー文化の新しい潮流
第五章 セラピー文化における諸潮流の展開
1 三つの運動を比較する
2 スピリチュアリティとイニシエーション
3 「弱い自己」の政治学
4 ポストモダン社会とセラピー
5 セラピー文化の両義性
結語 強い自己から弱い自己へ――セラピー文化のゆくえ
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本書は、著者の博士論文をベースにしたものなので、筆致や構成は非常に硬派ですし、論理展開もアカデミックです。ただ、興味深い記述が満載なので、思いのほか楽に読み進められるはず。日々、ビジネス駄本(往々にして、自己啓発や成功哲学の要素を盛り込んでいる)にムズムズしている僕のような人間からすると、思わず膝を打つような考察や、我が意を得すぎて鼻血を吹きそうなくらいの視座が山盛り。僕は興奮しながら、一気に読み終えてしまいました。
個人的には、第二章の「ネットワークビジネス」、第三章の「自己啓発セミナー」あたりがかなりツボでしたね。
拙書『ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない』(マイナビ新書)やイベントなどで僕もさんざん話題にしていますが、アメリカ型の自己啓発やらポジティブシンキングは、1920年代に興ったキリスト教の宗教運動であり、思想のひとつ「ニューソート」抜きには語れません。そのニューソートについて端的に理解するために、本書はまさにもってこい。
なぜ自己啓発はどこか胡散臭いのか、どうしてポジティブシンキング至上主義的な言説には、手放しに賛同できないような違和感がつきまとうのか。本書を読めば、その理由がかなりクリアになるはずです。
ビジネス書や実用書の領域では、自己啓発やポジティブシンキングを扱う本が掃いて捨てるほど存在します。ハッキリ言って、駄本も多い。読者を頭のなかのお花畑にいざなって思考停止に陥らせたり、根拠のない万能感を醸成して上滑り気味の人生を標榜させたり、読者を信者よろしく洗脳してセミナーに誘導したり教材を買わせたりしてカモるなど、非常にあざとい本も散見されます。
そんなクソ駄本に絡め取られることなく、賢い読者になるために、ぜひオススメしたい一冊です。
(漆原直行)
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