顔認識ができない話

私は両目に黄斑ジストロフィを患っている。

正確に言うと、中心性黄斑ジストロフィで、目の中心部分の視野が欠けている。だから、見ているようで見えてない部分がたくさんあって、なかなか不便な生活を送っている。

当然、文字はよく見えないので文庫本や子供が学校でもらってくるプリント類もよく見えない。スマホで撮影して拡大して読んだり、いつも何かしら工夫して対処している。

細かい文字だけでなく、大きなものであっても視野の欠けた部分にあるものは見えない。だから自転車に乗っていてありえないポールにぶつかったりする。人の顔もみえない。

で、この黄斑ジストロフィが関係しているのかどうかはわからないけれど、私はとにかく人の顔を識別するのが苦手です。もう、苦手を通り越して欠如していると言っても過言ではない。

自分の四人の子供ですら、集団の中にいると判別できません。特に、幼稚園だと制服や体操服なので全く自分の子が識別できません。普通の人なら顔を見れば分かるはずなのだけど、自分の場合顔を見てもさっぱり全員同じに見える。髪型とか服装とか持ち物とか、そういうもので判別するしかありません。

ちなみに自分の四人の子供の判別方法は以下のとおりです。

【長男】ぽっちゃり体型

【次男】丸坊主、細身

【長女】長靴したを履いている、細身、小柄

【次女】髪の毛がもじゃもじゃ、すばしっこい

う~ん、正直何を言っているのかよくわからない方も大勢いると思いますが、悲しいことに本当にこんな特徴でしか判別できません。

特に次男は一般的な体型をしているので判別するのが難しく、彼が幼稚園のとき参観日に近づいてきた我が子に対して「ぼくちゃん早くクラスに戻ったほうがいいよ」と我が子と気づかず話しかけたこともあります。

長女は現在幼稚園に通っているので、制服や体操服で判別はほぼ不可能。よって長靴下を履いている子が我が子だという認識でしかありません。長靴下を好んで履く子が少なくて本当に良かった。

我が子に関してさえ、こんな状態なのだから、他の子達やママさんの顔は全く覚えられていなのが事実です。申し訳ないけれど、本当に覚えたくても覚えられないし、識別できません。

ただ、顔は識別できないけれど会話の内容やエピソードはしっかり覚えているので、曖昧に話しかけて以前こんな話をした、ということがわかれば誰だか判別できます。目が見えない分、頭をフル回転させて対応します。

この私の顔認識能力の無さを知っているのは、家族と親しくしている友人数名です。だからみんな普通に話しかけたり挨拶したりしてきてくれるけど、ここだけの話、誰かわからずに話しはじめて、話す内容を過去の記憶とつなぎ合わせて誰かを導いていく作業をしていることが多々あります。

目が見えるようになれば顔認識できるようになるのかなぁ。こればっかりは見えるようにならなければわからないですね。顔認識できないのは、努力によって克服できる問題ではないけれど、他の情報で人物を判別する能力が鍛えられているので良しとしようと思います。

医療が進歩して、私の黄斑ジストロフィが改善したときに顔認識能力が上がるかどうか、、、期待します。

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