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no title

息を、する。

半ば、強制的なその行為は、つまるところ、
誰かの身勝手な事情 なのである。

なんて、最近は疲れた頭で
そう、思ってしまう。

世界は音でできている。そう思えている。

例えば、羽虫の囀り。粼。
夜風が髪を擦り抜ける音。
昨夜の彼が、静かに、頷く音。

それは 例えば優しくて、肯定的な音。

反して、近頃、その日常の片隅。

或る通行人はすれ違いざま、
突如 踵を返して刃物を突き立ててくるのでは、とか。
大きな声で押し潰してくるのでは、とか。

怒号や叱責には身を屈めるのが楽なのだ。
きっとそうだ。なんて思い込んでいる。


心なくして、果たして私は私を、
私と呼べるでしょうか、
彼という斜路なくして、息もできない私は、
これからどうなってしまうのでしょうか。
答えは、いつも、すぐにはでないけれど。

私という小さな容器が、粗方全ての
善も悪も呑み込んで、濾過できることを
この世界では、成功と言ったり、
優れている、という一言で、
枠に嵌めてしまうのでしょうか。

呑み込んだ物の質量は、
喉元を過ぎると数倍ちかくにも膨らんで
心にのしかかってくることを、
誰かは知っているんでしょうか。

つくづく、不思議な世界だなと思います。

笑って片付けるのも、
ひとつ手なのだとも思います。

とりあえず、異動願望が叶うといいな。