お昼寝するその人と私。

庭で本を読むのが好きだ。
今もその最中で、斜め右の少し離れた位置では隣のおばちゃんが畑に座り込んで草取りをしている。

「この家の畳、最高。」

たしか昨日もこのくらいの時間、おばちゃんが草取りをしている音が外からかすかに聞こえていた。

私の部屋に寝転んでいたあの人は、そのおばちゃんが鎌を使うカツカツという音を風に揺れるカーテン越しに聴きながら、半分に折り曲げた座布団を枕に、うたた寝を始めた。

最初はこっちを向いていたけれど、途中から背中を向けてスヤスヤと眠るこの人は、Tシャツが少し捲れ上がって、その分少しだけ背中が見えている。
「ヤバいよ、腹回り1メートルだって。」
健康診断の結果を話してくれたそのお腹は、本当に100センチもあるかしら。
そんな風には見えないけれど。
そんな風に彼の背中に話しかけてから、私は押入れにあった毛布を取り出して彼にかけた。

私の家に、私以外の人がいて、その人が私の目の前で、安心しきった顔で、窓からの風を気持ちよさげに眠っている。
私もなんだか同じようにしたくなって、押入れからもう一枚毛布を引っ張り出し、畳に横たわった。

「天井のシミの具合がまたいいじゃん。」
その人がそう言ったシミを、私も眺めた。
前の住人さんがこの家を住まいにしていた頃に雨漏りがあったのだと思う。
私はまだ雨漏りを知らない。
確かに、この畳は心地いい。
この人が最高だという意味がわかる気がする。


「1ヶ月入院していたのよ。」
読書している私に、さっき、おばちゃんが話してくれた。
知らなかった。
隣なのにちっとも顔を合わせないのは、私がここに引っ越して半年ずっとだったけど。
おばちゃんが1ヶ月も入院していたことや、おばちゃんの家が1ヶ月も留守になっていたことを知らなかったことがなんだか切なくなった。
「お年寄り一人暮らしは心配だな。私が様子を伺ってあげないと」なんて、お世話好きを気取った私は馬鹿だ。


「あなた」。
あの人は私のことをそう呼ぶことが多い。
この前「ヒロコサン」と呼ばれたけど、全然しっくり来なかった、誰か他の人の名前を呼ぶように聞こえた。
むしろ「あなた」と呼ばれる方が、私を名前で呼んでもらっているような不思議な気持ちになる。


不思議だ。
仲良くなってまだ日も浅いこの人が、その人と私が、私の部屋で、当たり前のように昼寝をしている。
目を覚ましては、寝転んだままスマホを開き、ときどき、私になにか画像を見せようとするから、私は寝転んだままその人の方へと寄ってしばらくそれを眺めている。
おなかが空いたことに気づく。
けだるさを連れてお弁当を買いに行き、ちいさなちゃぶ台にで向かい合って食べている。
並べられた2つのグラス。
散らかった柿ピーの袋。
たたまないままの毛布。
おばちゃんの草取りの音がまたかすかに聞こえる。

何の違和感もない。
むしろ懐かしい気がする。
暖かくて、優しい。


この人は誰なんだろう。



私は家にいるときまともにごはんを食べた記憶がない。
それは、作るのが面倒だというよりも、独りで食べるのが寂しいからだと、あの日の記憶と共に私は気がついた。

窓からの景色に目をやりながら、このまま時が止まればいいと言ったあの人と、ごはんを食べない私の気持ちは同じなのだろうか。


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