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文書の底ヂカラ。

このツイートでは書ききれなかったっことをnoteにまとめておこうと思う。

「追note」
とでも言おうか。

何気なくツイッターでつぶやくものの中で、波紋や共感の連鎖が広がる事がある。その世の中の関心ごとに合わせて「追note」で深掘っていくのは、なんともヘルシーな思考/創作活動である。

というわけで、今衝動的に「追note」したいのは現代における文章力に関して。

なぜ、今文章力なのか。

" 協働作業におけるテキストコミュニケーションが爆発的に増え、
その重要性が増しているから。"

に尽きるだろう。

もはやSlackを中心としたチャットツールなしで仕事をするのは想像がつかない。もはやそれ無しの時代が思い出せない、そんな悪魔のようなツールはこんなカーブで我々の協働作業に入り込んできた。

一体今まで、我々はどうやって複雑な協働作業をSlackなしで効率的にこなしてきたのだろうか。

そう、口頭だ。

時に電話で、時にface to faceで。
しかし、残念ながらそんな古き良き時代は戻ってこない。
良くも悪くも、テキストチャットの効率性を味わった人類は、不可逆の道をたどりはじめた。

なのであれば、やるべきことは一つ。

圧倒的な文章力をつけるしかない。

極端な言い方をすれば、この底力がないと多くの協働作業や共感がサイバースペースで行われる中で、我々は存在しないも同然となる。

求められる文書の「瞬発力」「サマり力」「エモぢから」

ことテキストチャットにおいて求められるのはまず「瞬発力」。
特に職位のレイヤーが上になればなるほど、即レスと瞬時の意思決定が組織全体の効率をぐっと押し上げる。

そしてその際に重要なのがサマリ力。
要点を整理し、簡潔に、論理的に相手に伝える力。ここが意外と弱い人が多い。忘れてはいけないのが「Whyからはじめること」だ。
不要な会話のキャッチボールを1〜2往復減らすだけで、長い目で見ると圧倒的な時間効率が得られる。
ただ、これも筋肉と一緒なので筋トレ次第でいかようにも鍛えられる。

そして最後に「エモぢから」。
究極これがないと、大勢の生身の人間の中でうまく立ち回ることはできない。

ただでさえ文章は冷たく映り、圧倒的に誤解を与えやすい。ここをしくると、誤解の連鎖を生みあったはずの効率性を逆に大きく下げしまう。
自動車事故件数のグラフのように、テキストチャット事故件数を可視化したらきっと先ほどのSlackグロースカーブと同様な伸びを示しているだろう。
だからこそ、事故防止策として、予防安全策としてのエモぢからな文章力が大切なのだ。
たった一手間でも、文末に絵文字を付け加えるだけで相手に与える印象はぐっとかわる。

共感にレバレッジをかける。

ややネガティブな側面からの必要性としての文章力を説明したが、もっとポジティブに、誤解を恐れず言うと

文章力はパワーだ。

社内外に対して、鋭く洞察にあふれて、ユーモアやエモーションに富んだその一文が、バイラルに大きな共感を生み、何百、何千、何万の人の心を一瞬で動かす。

ロジックは大前提だ。
その上で、合理を超えた情理の活字が、文字通り活き活きと心に突き刺さる。

つまり、一文で突き刺させる時代だ。

このパワーを、自らのアウトプットにレバレッジをかける大きな武器として鍛えない手は無い。

もう一つ、文章のパワーの源は揮発性が無く、ストックコンテンツであると言う点だ。
例えば「神」と呼ばれるような作品(芸術的な意味では無く)をたくさん残せれば、それは不労で勝手に仕事をし続けてくれる。勝手に共感の連鎖を広げてくれる。

文書力はパワーであり、圧倒的にレバが効くゆえんだ。

いかにして文章力の筋トレをするか。

ひたすら書く、

と言うことにる尽きる。
息を吐いて吸うように、書き出すことが増えれば、その分反動で勝手に文章を読んだり学ぶ機会は増える。だから、とにかく書き出すことを躊躇せずやる、やり続ける。
しかも我がままに書くのではなく、受け手を想定しながらしっかり考えて書く。

尊敬する物書きでありランナーである彼もこう言っている。

" 職業的にものを書く人間の多くがおそらくそうであるように、僕は書きながらものを考える。考えたことを文章にするのではなく、文章を作りながらものを考える。書くという作業を通して思考を形成していく。書き直すことによって、思索を深めていく。"(村上春樹)

from 「走ることについて語るときに僕の語ること|村上春樹」

彼が言うように、書くというのは私にとっても思考ツールだ。
考えるために書く。だから別に全てをパブリッシュするわけではない。

特に何かの施策を洗い出して論理的にまとめたい時など、箇条書きで書き出してからまとめ上げる、そしてまた書き出すというのは本当に有効な思考ツールだ。
フォーマットはなんだっていい、とにかく書き出すこと。

また、ビジネスツールとしての文書力のインナーマッスルはロジックなので、ポエムばかり書いてムキムキに鍛えても、シビアな協働作業が求められる現場ではなんの力にもならない
むしろインナーを欠いた筋肉はマイナスに作用するだろう。

最後にひとこと。

振り返れば、社会人になってからアメブロに始まり、濃淡はあれど10年以上ずっとブログを書いてきた。
当然、その時々で在籍していた社内に残した文書はそれ以上のボリュームになる。
大学時代もマスターの課程で論文のロジックを嫌という程叩き込まれた。

つらつらと書いてしまったが、こんなことを頭に入れた上で、日々書くと言うことに向き合ってみると面白い。これも移動中の電車内でスマホで20分程度の作業量だ。

書くは伝えること。

その重要性は、Slackのグロースカーブの如く高まり続けている。

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Kenji Tomita / 冨田憲二
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