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真琴がたり・言挙げ

ちはやふる ⭕⭕の神の みまえにて
真琴がたりの 言挙げをせむ


2018年の元旦、初日の出を拝する目覚めの朝に、この歌がふっと浮かんできた。
○○の中には、折々参拝する、数々の宮などの神名が入ることになろう。
その誓いであった。

真琴とは、2012年、あるひとりの女性の祈りにより、この世に誕生した弦楽器である。
それまで楽器や演奏などとまったく無縁だったというその人は、自然破壊や放射能などで乱れ荒れた世の中や環境、平穏の日々を奪われた人々の嘆きを癒したいという、切なる祈りより発願し、
ふと、響き…音楽により、宇宙単位での波動を整えるべしとの天啓を受け、試行錯誤と研究の末、真琴を生み出すに至ったという。

その話を知った時、まさに真琴は、奇跡の楽器だと直感した。

人の想い、切なる祈りは、不可能を可能にする。
私であれば、もとからあるものを活用するならともかく、まったく専門外・技術外のものを、自分の手で作り出そうなどと思いもよらないし、考えついたとしても、造ってくれそうな技術を持つ誰かを探すくらいしかできないように思う。
しかし、あきらめない人に、神は道を与える。
奇跡と呼ぶのは簡単だが、それは人知れぬ努力と信念により、実現を見るのである。
それを、真琴の上に、まざまざと見た思いがした。

真琴に出会い、その誕生の話を知った衝撃は大きかった。
強く背中をどつかれると同時に、自分の意志の弱さに愕然とするばかりだった。
もともと楽器職人の修行で生業を得たのではない女性が創り上げたというには、あまりに完成度の高い、素晴らしい作品。そして、生み出された音階。

奇跡から生まれ、さらなる数多くの軌跡を生むであろう、確かな予感。

真琴は、未知なるインスピレーションにより、この女性一人の手で、今なおいくつものモデルが、研究の末、生み出されている。
宣伝も流通もさせず、ひとつの工房のみで、ささやかに受注・製造が続けられている。
そしてプロアマ問わず、演奏家や舞踊家、セラピストやスピリチュアリストなどをはじめ、惹き付けられた数多の者たちが真琴と出会い、それぞれの活動において、活用し、拡がりを見せている。

詳細は、真琴企画のページを参照していただきたい。
http://www.makoto528.com/

よく、神仏にご縁があり招かれなければたどり着けないと言われる、山深いパワースポットが話題になるが、
真琴も、繋がるべきなにかしらの縁があり、出会うべき者と出会う流れがあるように思う。
それは特別なことではなく、真琴に限ることでもなく、その人にとってそれが意味を持ち、何か役立つ道へ繋げていくために必要だから、おのずと惹かれて出会うものなのだと感じる。

僭越ながら、私が真琴と出会ったのも、とても不思議な流れによるものだった。
そして、真琴を手にしたその時から、信じられないほどの流れに運ばれている。
それまで不可能と思えた大きな宿願が、真琴と共にあることによって、次第に具体化し、新しい出会いや可能性に目覚める、夢のような日々である。

私が、真琴と共にできること。
何かの役に立つかもしれぬ、世界のために…などとは恐れ多いが、まず自分にできることが、何かに繋がるのではという可能性に、希望を抱けるようになった。
それは、私の「天命」「天職」にも関わることかもしれないと……

まだはっきりと見えているわけではない。
だからこそ、漠然とではなく、こうして行動し、記録することによって、何かが見えてくるのではないか。

そう思い立ち、このノートを書くこととした。

真琴は難しい楽器ではない。手にしたその時から、無心につま弾くだけで、美しい旋律が奏でられるように作られている。
親しみやすく、まさに「音を楽しむ」ため、美しい波動を理屈なしに放てるよう、現段階で22通りもの音階の工夫がなされている。
だから、弾けることが特別なわけではない。特別だと思うようでは、意義に反するとも言える。
誇りたい、目立ちたいために、弾くのではない。

誰でも弾けるけれど、私が活かせることはなんだろう…と瞑想した時、最初に真琴に触れた時の思いが溢れてきた。

―――――私は、物心ついた時から、本能のように、主に大和にまつわる古代文学を探求し、その道に進んだ。
そして今も、不思議に思うほど聖地巡礼の機会に恵まれている。
単なる旅記録や、史跡にまつわる文章ではなく、さまざまに訪れている聖地の氣を、真琴を通じて音と波動で伝えることができるのではないか。
歌人や俳人が旅を読んだように。芸能者や能楽師が、旅先で異界の神霊の声を表現してきたように。――――

誰にでも弾けるけれど、誰でも同じ音色なわけではない。私という個性や波動が同じ者がいないように。
そして、すべての土地が同じ波動ではない。

その土地の神なる氣は、真琴の響きに反響し、増幅し、拡がっていくのを感じる。
どれだけの人が聴いてくれるかはわからなくとも、その場・私限りではなく、今の時代のネット環境により、増幅された波動を廣く響かせる手助けにはなるかもしれない。

続けていくことで、どのような流れになっていくか、わからない。
ともかくも今はただ、想いの命ずるままに、過去に記録してきたものを反芻して載せながら、今後の記録をなるべくリアルタイムでアップし、
また、音や弦楽器などにまつわる様々を、思いつくまま書き記していくことにする。

これを、私の真琴がたりの、言挙げとする。

20180616

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