砂丘へ逃げた日

逃亡したのは人生で2度目である。1度目は幼稚園の時。ドッジボール大会が嫌すぎて先生の目を盗んで園から脱走した。2度目は今。会社に行きたくなさすぎて岡山行きの新幹線に飛び乗った。砂丘を見に鳥取へ行くのだ。

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砂丘に対する憧れがずっとあった。そのことを他人に説明し「砂丘って…砂だよ?笑」と苦笑されること幾千回。みんな砂丘をバカにしすぎである。砂がめっちゃいっぱいあるのは面白いだろ。私はめっちゃいっぱいの砂をこの目で見たいし、この足で踏みしめたい。


4月某日 18時 品川

平日の18時。まずは品川から新幹線に乗って岡山へ向かう。

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一息ついて車内で弁当を食べる。ずっと澱んでいた体調が少し回復してきた。腹が満ち、頭がスッキリしたら、急激に帰りたくなってきた。しかし、新幹線は猛スピードで東京から遠ざかっていく。どうしよう。帰りたくて帰りたくてうなだれる。容赦なく高速で移り変わる景色に絶望しながらSMAPのアルバムを聴いていたら「海パンで国際線乗っちゃって🎶もう恋なんて現地調達🎶」「さぁ写真は基本Vサインで🎶後悔と反省がお土産🎶」と歌っていた。能天気すぎてちょっと元気が出た。気分を晴らそうと、久しぶりにビールを呑んだ。3口で飽きた。一向に中身が減らない缶を握りしめる。寒い。テーブルに置けばいいのだが、私にはどうしてもあの溝が信用できない。右、左、右…と、缶を持つ手を変えながら指先の冷えを紛らわす。気付いたら名古屋だった。

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↑溝が浅すぎる 信用できますか?



20時半 岡山

岡山ではエスカレーターは右側に立つ。日常に根付いたローカールルールを浴びると、一気に旅行気分が高まってくる。

今日の最終目的地である津山を目指し、電車に乗る。車内を見渡すと、窓にも壁にも広告が貼られていないことに気付く。

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深夜0時半 津山駅(鳥取)

泊まろうと思っていたネカフェに行く道中、真っ暗な商店街に不気味な河童の像がいくつも置いてあった(本当に怖すぎて撮影できなかった)。

恐怖を押し殺して早足で向かったが、ネカフェは潰れていた。
駅のベンチで寝ることを覚悟して来た道を戻っていると、遠くにビジネスホテルの看板が見えた。



深夜1時 津山 ビジネスホテル

適当にテレビのチャンネルを回すと、普段動画配信サイトで見ているジャニーズの関西ローカル番組がやっていた。不意打ちだったので、ここ数週間で1番大きい声が出た。

久しぶりにはっきりと自分の声を聞いた。そういえばこんな声だったな。

見慣れたお坊ちゃんたちの顔を見たら気持ちが落ち着いてきた。まるで我が家のような安心感。ジャニーズよ、ありがとう。



2日目 7時 鳥取行き電車

鳥取行きの電車に揺られる。なんだかずっと微妙に車両が傾いている気がする。ジェットコースターとかよりもこういう本来ヤバいはずがないものにヤバさを感じる時の方がずっと怖い。バランスを崩し田畑に落ちる想像をして、ぎゅっとこぶしを握る。


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この瞬間も傾いていた(気がする)

上記の写真を見て勘の良い人は気付いたかもしれないが、この日はとても寒くてうっすら雨も降っていた。
すっかり天気の存在を忘れていた。なぜ未だに天気という大自然ガチャの存在を忘れてしまうのか。ちなみにこの前日は4月とは思えないほどの暑さだったので、完全なる夏の恰好で来てしまった。

頼む、砂丘に着く頃には天気が回復していてくれ。そう願いながら腕を掛けた窓のサッシは氷のように冷たかった。

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鳥取に近付くに連れ、一気に景色から人の気配を感じられるようになった。わかりやすく栄えている。安心とは裏腹に雨はどんどん強まっていく。
多分ちょっと砂が湿っていた方が靴が砂まみれにならなくていいんじゃないだろうか。わからないけど。とりあえず今はそういう事にしておいてほしい。


8時半 鳥取駅

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そういえば昨日から何も食べていないことに気付いて、コンビニで肉まんを買った。雨が降る寒空の下でホカホカの肉まんを一口頬張る。瞬間、衝撃が走った。

東京の味がする。

当たり前だが、鳥取で食べる肉まんは東京で食べる肉まんと同じ味なのだ。
東京の風を感じる。高校時代に雪の日に買った肉まんが一瞬で冷え冷えになった思い出まで走馬燈のように蘇ってきた。セブンイレブンの企業努力に感謝しながら、速攻でもう一つ買った。

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肉まんを二つ腹に押し込め、身体が温まり、腹も満ち、東京のことを思い出したら、一刻も早く帰りたくなった。

これは会社へ行く時などにも思うのだが、目的地に着くまで意志を持続させなければ目的地には到着できないというのが私はとても怖い。いつ自分の気が変わるのか全くわからなくて常にハラハラしている。この身体に付いている脚も全く信用ならないので、辿り着くか否かはほぼ神頼みと言ってもいい。

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この時もよっぽど空港に向かおうかと考えたが、あと10分で来るバスに乗ったらで砂丘である。なんとかしてバス停まで自分を引きずって歩く。

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不穏な車窓(砂丘行のバスにて)


10時 鳥取砂丘

バスを降りると、さっきよりも格段に雨が強くなっていた。もちろん傘など持っていない。ペラペラのウィンドブレーカーのフードをかぶるも虚しく、一瞬で身体の3割がビシャビシャになった。


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砂だらけの斜面を登ると

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砂がめっちゃいっぱいあった。当たり前である。ここは砂丘だ。


入ってすぐのところがラクダ乗り体験のスペースなのだが、

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いなかった。というか、そもそも

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人がいない。そりゃそう。ラクダだってこんな天気の中働きたくないだろうし、人間だってわざわざ平日の朝に雨に打たれてまで砂丘には来ないだろう。


天気は最悪だが、念願の砂丘だ。とりあえず歩こう。

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寒すぎてそれどころではなかったので撮影する場所を完全に間違えた。砂丘感が薄い。地面から草が生えまくっている。


砂を踏みしめる。雨で濡れたズボンが脚に張り付き、風に吹かれて急速に体温を奪っていく。海が見えるが、波音は聞こえない。鼓膜に響くのはフードを打つ雨音のみ。向かい風と砂に足を取られて思うように前に進めない。「寒い」と呟いても、強風と雨音にかき消される。フードに溜まった雨粒が流れ落ち、容赦なく顔を濡らす。背中に水が染み込んで雫が伝うのがわかる。マスクの下でも水が滴る。…いや、これは雨粒ではなく鼻水だ。
気付いたら雨は豪雨になっていた。



滞在時間28分。鳥取駅行のバスに飛び乗る。バスが走り出すと道路に溜まった水が勢いよくしぶきを上げた。よし。帰ろう。

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さようなら、鳥取…


15時 品川行き 新幹線

帰りの新幹線に乗る頃には雨はすっかり上がっていた。なんなんだよ。

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行き同様、車内でビールを呑んだ。昨日は3口で飽きたが、今度はするすると身体に入っていく。

ふと思い立ち、今まで1ミリも信用していなかったテーブルの溝に缶を置いてみたら

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圧倒的な安定感を見せつけてきてびっくりした。すごすぎる。ここを土俵に紙相撲をしたら一生勝敗がつかないだろう。


18時 品川

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1日ぶりの東京は人が多くて、うるさくて、イヤホンの音量を1段階上げた。

品川に降り立った時、そういえば鳥取土産が

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↑このビジホのお茶請けのホームパイしかないことを思い出した。せっかくなので品川のアトレで小洒落たビールを買おうとしたら700円くらいして、思わず「たっっけ」と言った。その声は店内のBGMと客の話し声でかき消された。