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やさしい犬、素敵な子ども服、奇跡に属するもの

 新しい街には、やさしい犬がいる。旧居を引き払って、新しい土地に引っ越してしばらく経つけれど、やっとのことで毎日の暮らしにも少しばかりの馴染みが生まれてきた。だって、犬の散歩をする人たちがみんな水の入ったペットボトルを持ち歩いている(それで彼らはとても丁寧に、ちょっとしたマナーの良い行動をする)街で暮らすなんて生まれて初めてのことだし、スーパーマーケットに連れられてくる子どもたちの服がこんなに素敵な生地ばかりの街なんて、想像したこともなかった。ましてや、そんな街で自分が暮らすことになるなんて。

 新宿の猥雑さは大好きだ。学生時代から、途中にインターバルはあったにせよ、随分長い時間を新宿で暮らしてきた。夜には酔っぱらった人々が道路にひしめき、朝はまき散らされた吐しゃ物と飲食店の前に出された大量のごみ袋、それにカラスたちによって手厚く祝福されていた。歌舞伎町のホテルから出て来て、さて、最悪の喫茶店でモーニングでもやる? なんて話をしていたら目の前をバキュームカーが通り過ぎた時は二人で大笑いしてしまった。早朝の歌舞伎町をバキュームカーが横切っていく、なかなか美しい情景だったと思う。人には下水道を使えないいろんな事情があるんだろう、入り組んだ配管みたいに厄介なやつが。そういうものの総体が新宿という街で、僕はそれが結構好きだったと思う。

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