見出し画像

貧しかった日々について

 少し早く不動産営業の仕事を終えて家に帰ると、妻が慌ててコートを脱ぐのが目に入った。ダイニングテーブルにはやりかけの事務書類が重なっていて、たぶん底冷えする季節の夕暮れ時だったような気がする。その時やっと、家に独り過ごす時の妻が暖房をつけていないことに気づいた。その頃僕は鬱から這いだして、やっと不動産営業が調子に乗り始めたところに「ブログが大きなPVを稼いだら書籍化」というチャンスが舞い込んだ折で、どうしてもサラリーマン仕事の方を減らさざるを得なかった。それはもちろん収入が落ちるということだ。

 その年は出費が重なった。誰かが死んだり、結婚したり、移動手段のバイクが故障したり、アパートの更新が来たり、とにかく泣きっ面に蜂と言う他ない支払が続いた。それでも僕はとにかく仕事をこなして原稿を書くことしか頭になかった。少しでも認知度を上げるためのなるべくツイートもたくさんした。基本的に、我々の家庭は独立採算制、独立行動制を採用しているのだけれど、その頃はちょうど妻の仕事も実入りがすくない時期に入っていて、我々はお互いの財布の中身を寄せ合わせて生活する他なかった。それでも僕は「結構なんとかなっている」と思ってさえいた。

ここから先は

1,836字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?